『ザリガニの鳴くところ』の話をします。
世界中で売れた本です。
日本でもよく見かけます。
わたしは、正直あまり期待せずに読みはじめました。
話題作って、たまに肩透かしがあるので。
で、読み終わったあと、しばらく動けませんでした。
今回は、カイアという女の子のことを書きます。
あくまで音羽の勝手な読み方です。正解を書くつもりはありません。
※結末に触れます。未読の方はご注意ください。
いちおう、本の枠だけ。
『ザリガニの鳴くところ』はディーリア・オーエンズさんの小説です。2018年刊。
作者はもともと動物学者で、これがデビュー作でした。
しかも七十歳近くになってからの一作目です。
それが世界で一千万部以上売れた。
2022年には映画にもなりました。デイジー・エドガー=ジョーンズさん主演。
湿地の景色が本当にきれいなので、映像も観る価値があります。
テイラー・スウィフトさんが主題歌を書いたことでも話題になりました。
あの曲も、湿地の空気にちゃんと合っています。
どういう話か
舞台は、アメリカ南部の湿地です。
ノースカロライナ州。
そこに、カイアという女の子が住んでいます。
家族はいました。母、兄姉、父。
でも、ひとりずつ出ていきます。
最初に母が出て、次に上の子たちが出て、最後に父も帰ってこなくなる。
残されたとき、彼女はまだ小学生くらいでした。
そこから、ひとりで生きていきます。
時代は1950年代から60年代あたり。
アメリカ南部の、貧しい土地の話です。
人種差別も、貧困も、当たり前にある時代でした。
その中でも、湿地に住む人たちはいちばん下に置かれています。
町の人から見れば、人間の数に入っていない。
この前提を押さえておくと、あとの裁判の場面がよくわかります。
日本の感覚だと少しわかりにくいところですが、住む場所が身分になる社会です。
本人がどんな人かは、あまり関係ありません。
▼ カイアの想いを歌にしたオリジナル曲はこちら
六歳で、ひとり
この設定を、さらっと読み飛ばしそうになります。
でも、よく考えるとすごい話です。
六つや七つの子が、自分でごはんを用意する。
ムール貝を採って、店で売って、お金にする。
灯油を買って、火を起こす。
大人が誰もいません。
しかも、誰も助けに来ない。
近所の人も、学校も、行政も。
あの子は、いないことになっていました。
一度だけ、役所の人が来る場面があります。
でも、あの子は隠れてやり過ごす。
連れて行かれるのが怖かったからです。
助けを差し出されても、受け取れない子どもっています。
大人を信用する練習をしていないので。
そこが、この物語のいちばん切ないところかもしれません。
助けが来なかったのではなく、受け取れなかった。
その差は大きいと思います。
母が出ていく場面
冒頭に近いところで、母親が家を出ていきます。
カイアは、それを見送るしかない。
あの場面が、ずっと頭に残っています。
母には母の事情があったと思います。
夫の暴力から逃げるしかなかった。
責められません。
でも、子どもは置いていかれた。
事情がある、ということと、子どもが傷つく、ということは別なんですよね。
しかも、母は迎えに来ませんでした。
落ち着いたら戻る、というつもりはあったのかもしれません。
でも、来なかった。
カイアは何年も、あの道を見続けています。
待つ時間って、いちばん人を削ります。
しかも、来ないと決まったわけでもない。
可能性が消えないまま続くのが、いちばんつらい。

学校に、一日だけ行った
カイアは、学校に一度だけ行きます。
そこで笑われて、それきり行かなくなる。
たった一日です。
この場面が、この物語の全部を説明していると思います。
人の世界は、彼女を受け入れませんでした。
だから、湿地に戻る。
湿地は、笑わないので。
あの一日のことを、周りの子は次の日には忘れています。
からかった側は、たいてい覚えていません。
でも、言われた側は一生覚えている。
この非対称が、あの子の人生を決めてしまいました。
たった一日の出来事で、その後の何十年が決まる。
子ども時代って、そういう危うさがあります。
湿地が育てた
カイアを育てたのは、人ではなく自然でした。
鳥の羽根、貝殻、潮の満ち引き。
毎日それを見て、覚えて、絵に描く。
学校には行っていないのに、湿地のことは誰よりも詳しくなる。
これは、たぶん現実逃避じゃありません。
生きるための勉強だったんだと思います。
のちに、その知識が本になります。
捨てられた場所が、彼女の職業になった。
そこが、この物語のいいところです。
好きなことを仕事に、という話とは少し違います。
好きになるしかなかったものが、あとから仕事になった。
順番が逆なんです。
でも、そういう形の救いもあるんだなと思いました。
好きで選んだ道じゃなくても、続けていれば形になることはある。
テイトのこと
読み書きを教えてくれたのが、テイトという少年です。
この人は、押しつけません。
かわいそうだから教える、という感じでもない。
ただ、彼女が知りたがっていることを渡していく。
文字が読めるようになる場面は、本当にいいです。
世界が急に広がる感じがある。
でも、そのテイトも一度は離れていきます。
大学に行って、戻ってこなくなる。
カイアからすれば、また置いていかれたわけです。
テイトには、悪気はありません。
若くて、自分の道を選んだだけ。
でも、置いていかれる側にとっては理由は関係ないんですよね。
また、いなくなった。それだけです。
この繰り返しが、あの人の中に何を作ったか。
人は離れていくもの、という前提です。
その前提を持って生きるのは、相当きついと思います。
チェイスのこと
そのあと現れるのが、チェイスです。
町の人気者で、羽振りがよくて、強引な人。
カイアは、たぶん寂しかったんだと思います。
誰でもよかったわけじゃないけど、選べる立場でもなかった。
この関係は、最初からずれています。
彼にとっては遊びで、彼女にとっては生きるための手だった。
そして、彼は最後まで彼女を人として扱いませんでした。
町では別の女性と婚約していて、カイアには黙っていた。
しかも、そのあとも関係を続けようとする。
この人にとって、カイアは湿地に置いてある物みたいな扱いです。
誰にも言わなければ、なかったことにできると思っている。
こういう人、現実にもいます。
相手が弱い立場だと見ると、扱いが変わる人。
そして、そういう人ほど町では評判がよかったりします。
湿地の女、という呼ばれ方
町の人は、カイアをそう呼びます。
名前ではなく、湿地の女。
人として見ていない呼び方です。
この扱いが、裁判のときに効いてきます。
証拠より先に、あの女ならやりかねない、という空気ができている。
偏見が、証拠のかわりに使われる。
この構図は、『白ゆき姫殺人事件』の記事でも書いた話と同じです。
国も時代も違うのに、人のやることは変わりません。
裁判の場面は、映画でも見応えがあります。
傍聴席の目つきが、もう答えを出している。
弁護士のトム・ミルトンだけが、彼女を名前で呼ぶ。
あの一点だけで、この人が信用できるとわかります。
名前で呼ぶことが、こんなに意味を持つ話もめずらしい。
▼ 『ザリガニの鳴くところ』の世界を描いたオリジナル曲
タイトルの意味
ザリガニの鳴くところ。
カイアの母が言った言葉です。
ずっと奥まで行きなさい、という意味で使われます。
生き物が、まだ本来の姿でいられる場所。
人の目が届かないところです。
やさしい言葉に聞こえます。
でも裏返すと、人のいる場所では本来の姿でいられない、ということでもある。
そう読むと、この題はけっこう厳しいです。
母がこの言葉を使ったとき、たぶん励ましのつもりでした。
自由に生きなさい、というような。
でも結果として、娘は本当に人のいない場所で生きることになります。
言葉が、そのまま人生になってしまった。
そして、最後のあれ
カイアは、裁判で無罪になります。
そのあと、テイトと静かに暮らして、年を取って死ぬ。
いい終わり方だな、と思ったところで、あれが出てきます。
彼女の持ち物の中から、見つかってしまう。
つまり、そういうことでした。
ここで、読んできた全部の意味が変わります。
やさしい自然の話だと思っていたら、最後に牙が出る。
しかも、その事実を知っているのは読者だけです。
テイトも、町の人も、最後まで知りません。
彼女は誰にも言わずに死んでいった。
一生分の秘密を、ひとりで持っていったわけです。
その静けさが、ちょっとこわいです。

あれをどう受け取るか
人によって、かなり分かれるところだと思います。
騙された、と感じる人もいる。
わたしは、この結末で腑に落ちました。
カイアは、ずっと自然を見て育っています。
自然の中では、襲われたら反撃する。
それが道徳的かどうかは、誰も問いません。
人間の法律と、湿地の法律は違う。
彼女は、後者で育った人でした。
もちろん、それで許されるわけではありません。
人が死んでいるので。
ただ、あの人にとっては生き延びる行為だった気がします。
この物語には、生き物の話が何度も出てきます。
メスのホタルが、別の種のオスをおびき寄せて食べる話とか。
カマキリの話とか。
あれ、全部伏線でした。
自然の中では、それは悪ではなく生存です。
作者が動物学者だからこそ書ける組み立てだと思います。
道徳の話にしないところが、この小説の強さです。
曲に込めたこと
この物語をもとに作った曲は、カイアの視点で書きました。
裁判のことも、事件のことも入れていません。
書いたのは、ひとりで暮らしていた日々のほうです。
待っていた時間。
誰も来ない道を、それでも見てしまう感じ。
そこだけを歌にしました。
メロディは、水のイメージにしました。
ゆっくり動いて、急がない感じ。
湿地って、川みたいに流れないんですよね。
溜まったまま、そこにある。
あの子の時間も、たぶんそういう流れ方でした。
おわりに
この本を読んで、いちばん考えたのは孤独のことでした。
カイアは、ひとりで生き抜いた強い人として語られがちです。
でも、ひとりで生きたかったわけじゃない。
全員が出ていったから、そうなっただけです。
強さと、選択の余地のなさは、別のものだと思います。
もうひとつ、考えたこと
もし誰かひとりでも、あの子を家に入れていたら。
近所の人でも、学校の先生でも。
たぶん、全部変わっていました。
実際、雑貨店のジャンピンとメイベルという夫婦だけは、ずっと親切にしています。
あの二人がいなかったら、カイアは生きていません。
でも、二人にできることには限界がありました。
自分たちも、差別される側だったので。
弱い立場の人が、さらに弱い立場の人を助けている。
この構図が、あの町のすべてを表していると思います。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
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あらすじをなぞるのではなく、その人が何を感じていたかを想像しながら、歌と文章で書いています。
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