東野圭吾の『幻夜』の話をします。
2004年に出た長編です。『白夜行』の姉妹作と言われることが多い作品で、実際、読んでいると何度も白夜行の影がちらつきます。
ただ、読み終わって残るものは、白夜行とはかなり違いました。
この記事は水原雅也(みずはら まさや)という男の側から書きます。新海美冬ではなく、使われた側の話です。
※この記事は結末に触れています。まだ読んでいない方は、ここで引き返して下さい。

どういう話か
1995年1月17日。阪神・淡路大震災の朝から始まります。
場所は西宮。水原雅也は、父の通夜を終えた翌朝に、あの地震に遭います。
崩れた町の中で、雅也は叔父の米倉俊郎を殺してしまいます。借金の取り立てに来ていた相手でした。
そして、それを見ていた女がいた。
新海美冬です。
美冬は警察に言いません。代わりに、雅也と組みます。二人は東京へ出て、そこから十数年の話が始まります。
登場人物
- 水原雅也(みずはら まさや)——町工場の息子。手先が器用。この物語を見ていく人
- 新海美冬(しんかい みふゆ)——震災で両親を亡くしたとされる女性。東京で美容とファッションの世界にのし上がる
- 加藤亘(かとう わたる)——警視庁捜査一課の刑事。美冬の過去に引っかかって離れない
- 米倉俊郎(よねくら としろう)——雅也の叔父。借金の取り立てに来ていた
- 青江真一郎(あおえ しんいちろう)——美容師。美冬と組んで店に入る
- 曽我——美冬の父の元部下。美冬の過去を知る人物
名前が多いように見えますが、追うべきなのは雅也と美冬の二人だけです。あとは、二人の周りで入れ替わっていきます。
水原雅也という男
雅也は、もともと町工場の息子です。父の水原製作所を手伝っていました。
手先が器用で、金属の加工ができる。これがのちに効いてきます。
特別に悪い人間ではありません。頭が切れるわけでもない。震災がなければ、工場を継いで普通に生きていた人だと思います。
ただ、あの朝に一回だけ、やってしまった。
そこから先、この人は一度も自分で道を選んでいません。
雅也の腕のこと
雅也は金属加工ができます。町工場で育った人の、まっとうな技術です。
本来なら、物を作るための腕です。
それがこの小説では、別のことに使われます。
唯一の取り柄が、堕ちていくための道具になる。
ここが地味にきついところです。
美冬が雅也を手放さなかった理由も、たぶんそこにあります。惚れていたからではなく、使えたからです。
工場に潜り込ませる必要があったとき、その腕があるから話が通る。そういう使い方をされています。

新海美冬という女
美冬は、震災で両親を亡くした女性ということになっています。
東京に出てから、美容とファッションの世界でのし上がっていきます。サロンを立ち上げ、ブランドを作り、人の上に立っていく。
見えているのは、努力して成功していく女の姿です。
でもその周りでは、ずっと事件が起きています。
美冬はなぜ、美容とファッションを選んだのか
よく考えると、不思議な選択です。
別人になりすまして生きている女が、選んだ仕事が人の見た目を作る仕事でした。
髪を変え、顔を変え、服を変える。別の人に見せる技術です。
自分が一回やったことを、そのまま仕事にしている。
偶然かもしれません。でも私は、この人にとってはそれが世界の見え方そのものだったんじゃないかと思います。
中身ではなく、外から見えるものが全部。
そういう人が、いちばん上手くやれる業界を選んだ。それだけの話なのかもしれません。
美冬は雅也に何をさせたのか
並べてみると、よく分かります。
- 証拠のビデオテープを回収し、処分させる
- 邪魔な同僚を職場から追い出すために、ストーカー事件を仕立てる
- 工場に潜り込むために、傷害事件を起こす
- 組んでいた美容師を犯人に見せかけるために、暴行事件を作る
- 自分の過去を知る男を、殺させる
ひとつずつ見ると、どれも「必要だったからやった」ように見えます。
並べて見ると、そうではないことが分かります。
美冬は、使えるものを使っているだけです。雅也もその一つでした。

十数年という長さ
この話は、一晩や一年の出来事ではありません。
震災から十年以上、雅也は美冬のそばにいます。
ここが効いています。
一回の判断なら、間違いで済みます。でも十数年は、判断ではなく生活です。
毎日起きて、飯を食って、仕事をして、また次の指示を受ける。それを何千回も繰り返す。
途中でやめる機会は、いくらでもあったはずです。
なかったのではなく、使わなかった。
この小説が長いのは、たぶんわざとです。読者にもその長さを体験させないと、雅也が離れられなかった理由が伝わらないので。
なぜ雅也は、美冬から離れなかったのか
この話を読んでいて、いちばん苦しいのはここです。
雅也は、途中から気づいています。
この女はおかしい。自分は利用されている。やっていることは、もう取り返しがつかない。
全部わかっていて、離れない。
最初は、弱みを握られているからです。叔父を殺したところを見られている。
でも途中から、それだけじゃなくなります。
美冬のためにやったことが増えすぎて、やめると、やってきたこと全部の意味がなくなる。
人は、沈んだ分だけ戻れなくなります。これは借金と同じ構造です。
新海美冬は、本当に新海美冬なのか
ここがこの小説の背骨です。
いま美冬と名乗っている女は、本物の新海美冬ではありません。
本物は、あの震災で死んでいます。
つまりこの女は、地震のどさくさを使って、別人として生まれ直した。身元ごと乗り換えたわけです。
だから、過去を知っている人間が現れると困る。
曽我という男が殺されたのは、本物の美冬の写真を持っていたからでした。
そして、その手を下したのは雅也です。
『白夜行』と何が違うのか
構図はよく似ています。
ひとりの女がのし上がっていき、その周りで事件が起き、背後に男の影がある。
違うのは、書き方です。
『白夜行』では、唐沢雪穂と桐原亮司の内面が一行も書かれません。二人が何を考えていたかは、最後まで読者に渡されない。だからあの話は、どこか神話みたいな手触りになります。
『幻夜』は逆です。
雅也の内面が、ずっと書かれています。
内面を書いた、ということの意味
これがこの作品の怖さを決めています。
雅也が何を思っているか、全部わかる。迷っているのも、怯えているのも、それでも美冬に会うと何も言えなくなるのも、全部見える。
その横で、美冬だけが読めない。
片方だけ心が見えているというのは、残酷な作りです。
白夜行は、二人とも見えないから対等でした。幻夜は対等じゃない。読者は雅也の側に立たされて、彼が削られていくのを最後まで見せられます。
全体の空気が白夜行より重いと言われるのは、たぶんこれが理由です。
加藤亘という刑事
警視庁捜査一課の加藤亘が、二人を追います。
この人は、美冬の過去に引っかかります。筋が通らないところがある、と感じて離れない。
ただ、物語の中で加藤が雅也と顔を合わせる場面は、ほとんどありません。
最後まで、すれ違いながら進みます。
「幻夜」というタイトルの意味
白夜行は「白い夜を行く」でした。昼でも夜でもない明るさの中を、二人で歩いていく話です。
幻夜は「幻の夜」。
そこには誰かと歩くという意味がありません。最初から、無いものの話です。
雅也が見ていた美冬も、たぶん、そこには無かった。
彼が十数年をかけて守ったのは、本物の新海美冬でもなければ、自分を愛してくれる女でもありませんでした。

結末——雅也は最後に何を選んだのか
終盤、雅也は美冬の正体にたどり着きます。
自分が何のために人を殺し、何のために十数年を使ったのかを、そこで知ることになります。
そして彼は、自分で決着をつけようとします。
けれど最後に選んだのは、告発ではありませんでした。
雅也は、加藤刑事を巻き込んで自滅する道を選びます。
ここが、この小説でいちばん意見が割れるところだと思います。
なぜ最後まで言わなかったのか。喋れば美冬は終わったのに。
美冬は、何も失わなかったのか
美冬は捕まりません。
失ったものもありません。名前も、仕事も、立場も、全部残ります。
最後の場面で、彼女は笑っています。
ここが本当にきつい。
ふつうの物語なら、どこかで帳尻が合います。悪いことをした人には何かが返ってくる。でもこの話では返ってこない。
雅也が最後まで守ったからです。
それは愛だったのか、と訊かれたら、私は違うと思います。
守らないと、自分の十数年が全部無駄になるからです。美冬を守ることが、自分の人生を無駄じゃなかったことにする唯一の方法だった。
だから彼は、最後まで黙っていた。
読んだ人は、誰に腹を立てるのか
感想を見ていると、きれいに割れます。
美冬が許せない、という人。
雅也にいらいらする、という人。
私は後者の気持ちのほうが強く出ました。「なんで言わないの」「なんで逃げないの」と、何度も思いました。
でも読み終わってから気づいたんですが、それは雅也が全部見えているからです。
美冬の中身は書かれていないので、腹の立てようがない。何を考えているか分からない相手には、怒りは向きにくいんです。
見えている人のほうが責められる。
これは物語の中だけの話じゃないな、と思いました。
新海美冬は唐沢雪穂なのか
よく出る話です。
同一人物だという説は昔からあります。経歴の空白がつながる、やり口が同じ、など、根拠として挙げられるものはいくつもあります。
ただ、作中でそう書かれているわけではありません。公式に「続編です」と言われたこともない。
私はどちらでもいいと思っています。
同じ人でも違う人でも、この小説が言っていることは変わらないからです。こういう女は、何度でも現れる。
『白夜行』を読んだ人には、そのつもりで読んでみてほしいです。答え合わせではなく、同じ構造が二度書かれたこととして。
震災を、こう使うことについて
ここは触れておきたいです。
この小説は、実際に起きた震災を物語の出発点にしています。
人が大勢亡くなった出来事を、「身元を乗り換える機会」として使っている。読んでいて、引っかかる人はいると思います。
私も最初は引っかかりました。
ただ読み進めると、これはそういう話ではないと思うようになりました。
あの朝、同じ場所に同じようにいて、片方は普通の人生に戻り、片方は戻れなかった。その差がどこにあったのかという話です。
雅也も美冬も、特別な人間として生まれていません。
映像化もされています
2010年に、深田恭子さん、塚本高史さん、柴田恭兵さんで映像化されています。
ただ、原作とは変えてあるところがあります。
たとえば加藤刑事。小説では雅也と顔を合わせる場面がほとんどありませんが、映像では中盤から直接ぶつかります。
そのほうが画としては分かりやすいので、当然の変更だと思います。
ただ、小説のほうの「ずっとすれ違ったままで終わる」感じは、それはそれで独特です。
先に原作を読んでから観るほうが、落差を楽しめると思います。
どういう人に向く本か
向いていると思う人
- 白夜行を読んで、雪穂が何を考えていたのか知りたかった人
- 悪事そのものより、人がどう堕ちていくかを読みたい人
- 救いのない話でも最後まで読める人
たぶん向いていない人
- 白夜行の続きが読めると思っている人(そういう形では書かれていません)
- 誰かが報われる話を求めている人
- 長い本が苦手な人
文庫で上下巻ぶんの厚みがあります。前半は正直ゆっくりです。でも、そこを抜けると止まらなくなります。
曲に込めたこと
水原雅也の視点で作る予定です。
美冬を責める歌にはしません。本人がいちばん分かっていて、それでも離れられなかった男の歌にします。
曲ができたら、ここに動画を貼ります。
【YouTube動画リンク挿入場所】
もう一度、あの朝に戻ってみる
最後にもう一度、1995年1月17日に戻ります。
あの朝、雅也は叔父を殺しました。
計画していたわけではありません。地震で建物が壊れて、借金の話をしていた相手がそこにいて、やってしまった。
もしあのとき誰も見ていなかったら、どうなっていたか。
たぶん雅也は自首したと思います。この人はそういう人です。
見られたことが、すべてを決めました。
しかもその相手は、通報しない人だった。
助かった、と思ったはずです。あの瞬間だけは。
おわりに
読み終わったあと、しばらく何も手につきませんでした。
雅也は馬鹿だったのか、というと、そうは思えません。
一回だけ間違えて、あとはずっと、その一回をなかったことにするために生きた人です。
その気持ちは、規模は全然違っても、分からなくはない。
だからこの話は、遠い世界の話として読めませんでした。
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