『失われた貌(かお)』隼斗は何を待っていたのか——顔も声も知らない父を待つ少年の話

物語の考察

『失われた貌』の話をします。

櫻田智也さんが2025年に出した長編ミステリーです。本屋大賞2026にノミネートされて、いま書店でよく平積みになっています。

この記事で書くのは、隼斗(はやと)という小学4年生の男の子のことだけです。犯人が誰かも、ラストで何が起きるかも書いていません。

理由は単純で、この子のことが頭から離れないからです。

※この記事は結末に触れていません。真相を先に知りたい方には向きません。逆に、これから読む予定の人は、安心して読んでもらって大丈夫です。

どういう話か

山の中で、男の人の死体が見つかります。

顔が潰されている。歯が抜かれている。両手首から先が切り落とされている。髪にも手が加えられている。

つまり、誰なのか分からないようにしてある。

だから捜査する側の最初の仕事は、犯人を捜すことではありません。この人は誰なのかを決めることです。

舞台はJ県の媛上警察署。話を追っていくのは、捜査係長の日野雪彦(ひの ゆきひこ)、41歳です。

『失われた貌』の読み方は「うしなわれたかお」

タイトルの『失われた貌』は、「うしなわれた かお」と読みます。

「貌」の音読みは「ぼう」です。「全貌」「容貌」の貌。それをここでは「かお」と読ませています。

ふだん使う読み方ではないので、タイトルを見て止まる人は多いと思います。

この記事に出てくる名前の読み方も、先に置いておきます。

登場人物

  • 日野雪彦(ひの ゆきひこ)——媛上警察署の捜査係長。41歳。この物語を見ていく人
  • 入江文乃(いりえ ふみの)——巡査部長。29歳。日野と組む。思ったことをそのまま言う
  • 羽幌——生活安全課長。日野の警察学校の同期。昔のことがあって、二人は素直に話せない
  • 八木辰夫(やぎ たつお)——探偵。依頼人の弱みを握って金を取っていた男
  • 佐竹亘——粗大ゴミを捨てに行って、死体を見つけてしまった人
  • 小沼久美(こぬま くみ)——スーパーの副店長
  • 小沼憲——配送の仕事をしている
  • 小沼隼斗(こぬま はやと)——小学4年生
  • 辻晴一——ある事件の容疑者
  • 辻加奈——晴一の妻。その事件の被害者
曇天の山中、ブルーシートと規制テープが張られた現場
誰なのか分からないようにしてあった

死体から消されていたもの

最初に見つかる死体は、消され方が丁寧です。

  • 顔を潰す——人相が分からなくなる
  • 歯を抜く——歯の治療の記録と照らし合わせられなくなる
  • 両手首から先を切る——指紋が取れなくなる
  • 髪にも手を加える

身元を調べる手がかりを、ひとつずつ潰してあります。

これ、かなりの手間です。時間もかかるし、現場も汚れる。見つかる危険も増える。

それでもやったということは、この人が誰かを知られるのが、犯人にとってそれだけ困ったということになります。

ふつうに考えれば、死体と犯人のあいだに、たどれる線があるからです。

ただ、それだけだと話は単純です。実際には、ここからが長い。

隼斗という少年

捜査が動いている途中で、警察署に男の子がやって来ます。

小学4年生。ひとりで。

山で見つかった死体は、自分のお父さんじゃないか。それを言いに来たんです。

隼斗の父親は、10年前にいなくなっています。そのまま見つからなくて、法律の上ではもう死んだことになっている。失踪宣告というやつです。

小学4年生ということは、9歳か10歳。

父親がいなくなったとき、この子は赤ん坊です。

失踪宣告という制度のこと

隼斗の父親には、失踪宣告が出ています。

聞き慣れない言葉だと思うので、少しだけ説明します。

人が行方不明になって7年たつと、家族が家庭裁判所に申し立てて、法律の上で死んだことにできる制度です。

そうしないと、残された家族が動けないからです。遺産の整理もできないし、配偶者は再婚もできない。生きているか死んでいるか分からないまま、何年も止まってしまう。

だから制度としては、残された人を前に進ませるためのものです。

ただ、これは書類の上で終わらせるというだけの話でもあります。

本人が見つかったわけではない。何があったのかも分からないまま。

隼斗の家では、その手続きが済んでいます。

つまり大人たちは、もう終わらせた。

終わらせていないのは、隼斗だけです。

顔を知らない、ということ

ここが、私がこの話から離れられない理由です。

隼斗は、父親の顔を知りません。

写真はあるかもしれない。でも写真は動きません。こっちを見て笑ったりしない。朝、顔を洗っているところも、怒っているところも、写真には写っていない。

声も知りません。

赤ん坊のころに聞いていたとしても、覚えていない。

隼斗が持っているのは、名前と、戸籍と、「いなくなった」という事実だけです。

会いたいと思う相手の顔が、頭の中にない。これは、けっこう特殊な状態だと思います。

十年というのは、どれくらいか

大人の10年と、子どもの10年は、長さが違います。

私の10年は、人生の一部です。

隼斗の10年は、生まれてから今までの全部です。

一日も欠けずに、ずっといない。

それでも探している。

なぜ小学4年生なのか

この子の年齢の置き方が、うまいと思いました。

1年生や2年生では、「入れ替わってる可能性はゼロですか」という言い方はできません。言葉が追いつかない。

中学生だと、今度は大人に近づきすぎます。自分で調べられるし、まわりも一人前として扱ってしまう。

小学4年生は、ちょうどその間です。

疑うことはできる。でも、何もできない。

大人が本当のことを言っていないと分かる頭はあるのに、確かめる手段がない。

だから警察署に行くしかなかった。あの年齢でなければ、この場面は成立しません。

警察署の受付カウンターに一人で立つランドセルの少年
小学4年生が、自分の足で来た

なぜ隼斗は、自分で警察署に行ったのか

よく考えると、これは変な話です。

10年前の失踪届は、大人が出しているはずです。捜索も当時の警察がやっている。もう終わった案件として処理されている。

なのに、小学4年生が自分の足で署まで来る。

誰かに「行っておいで」と言われて来たようには見えません。子どもを使いに出す理由が、どこにもないので。

大人が誰も動かないから、自分で来たんだと思います。

そう考えると、この子は10年間ずっと、まわりの大人が父親の話をしないことに気づいていたことになります。

「入れ替わってる可能性はゼロ?」

隼斗は、署でこう訊きます。

入れ替わってる可能性はゼロですか、と。

小学4年生の口から出る言葉ではありません。

この一言で、この子が「お父さんに会いたい」とだけ言いに来たんじゃないことが分かります。何かを疑っている。

そしてこの質問が、タイトルにまっすぐつながっていきます。

「顔」ではなく「貌」と書くこと

タイトルに使われているのは、ふつうの「顔」ではなく「貌」の字です。

この字は、目鼻のつくりそのものより、その人の様子、ありよう、外から見たその人全体を指すときに使います。「全貌」の貌です。

山で見つかった死体は、顔を潰されていました。

でも、失われているのは皮膚と骨だけなんでしょうか。

隼斗が探しているのも、父親の目鼻の形ではないはずです。

顔のない死体、という古い形

ミステリーには「顔のない死体」という型があります。

被害者が誰だか分からない。だいたい入れ替わりが絡む。

とても古い型です。読み慣れた人なら、死体が出てきた時点で「ああ、あのパターンか」と身構えます。

書く側からすると、これは不利です。読者が先回りしてくるので、意外性を出しにくい。

書評家の杉江松恋さんは、この作品がその不利を、日野の推理のやり方そのもので乗り越えていると書いていました。仮説を立てては壊し、また立て直す。コリン・デクスターのモース警部シリーズに近いやり方だ、と。

真相で驚かせるんじゃなくて、たどり着き方で読ませるということだと思います。

日野雪彦という刑事

日野は、まわりから見るとやりにくい人です。

ひとりで動く。思いついたら確かめに行ってしまう。組織の中では扱いに困るタイプです。

それを相棒の入江文乃がいちいち止める。29歳で、年上相手でも遠慮なく言う人です。

この二人の会話が軽いので、重い話なのに息ができます。

あと、日野は家でもうまくいっていません。朝、奥さんと言い合いをしてから現場に呼ばれる。そういう場面が捜査の合間に挟まります。

家族の話をしながら、他人の家族を壊しにいく仕事をしている。これは、わざとだと思います。

羽幌という同期のこと

もうひとり、気になる人がいます。

生活安全課長の羽幌。日野とは警察学校の同期です。

ただ、この二人は素直に話せません。昔あったことが間にあって、普通の会話ができない。

同じ署にいて、顔は毎日合わせるのに、肝心なことは言わない相手。

書評では、この関係があとで事件に効いてくると書かれていました。

この小説、話していない人がやたらと多いです。日野と羽幌。日野と奥さん。そして隼斗と、まわりの大人たち。

言わないでいるあいだに、ものごとが分からなくなっていく。そういう話なんだと思います。

棚の上の家族写真。光の反射で父親の顔だけが見えない
写真はある。でも、顔のところだけ光っている

隼斗は、何を待っていたのか

ここからは、私が勝手に考えたことです。

隼斗が待っていたのは、たぶん父親本人じゃありません。

「お父さんはこういう人だったよ」と、誰かがちゃんと話してくれることだったんじゃないか。

顔も声も知らない相手を10年も待てるのは、まだ何も聞かされていないからです。

聞いてしまったら、待つのは終わります。いい人だったと聞けば諦めがつくし、ひどい人だったと聞いても、やっぱり終わる。

何も教えられないまま10年置かれると、終わらせることができません。

だからこの子は、ずっと待ち続けるしかなかった。

待っているあいだ、その子は何者なのか

もうひとつ思うことがあります。

父親がいないまま育った10年は、隼斗にとって空白ではありません。

その10年が、この子そのものです。

失われた貌というのは、死体の顔のことでもあるし、隼斗が知らない父親の顔のことでもある。

でももうひとつ、父親がいる自分という、ありえたかもしれないもう一人の隼斗の顔でもあると思います。

それは誰にも見えません。本人にも見えない。

短編の人が、長編を書いたということ

櫻田智也さんは、もともと短編の人です。

代表作は、昆虫が好きな、つかみどころのない青年が事件に出くわす連作短編でした。読み終わると少し優しい気持ちになる、そういう話を書く人です。

その人が、初めての長編で選んだのが警察小説でした。しかも「顔のない死体」という、いちばん手垢のついた型です。

正直、意外な組み合わせだと思います。

ただ、考えてみると筋は通っています。短編連作というのは、小さな話をいくつも並べて、最後に全体の形を見せる作りです。

一見ばらばらの出来事が、あとで一本につながる。この作品がやっているのも、たぶん同じことです。

長さが変わっただけで、やろうとしていることは変わっていないのかもしれません。

この作品がいま読まれている理由

2025年8月、新潮社から出ました。

櫻田智也さんにとって、初めての長編です。そして初めての警察小説でもあります。

それまでは短編の人でした。『蟬かえる』で日本推理作家協会賞と本格ミステリ大賞を両方取っています。

伊坂幸太郎さん、恩田陸さん、米澤穂信さんが推薦コメントを出しています。この3人が並ぶのは珍しいです。

発売直後に重版がかかって、本屋大賞2026にもノミネートされました。

短編で評価された人が、初めて長い話を書いた。しかもいちばん型の古い「顔のない死体」で勝負した。そこがいま注目されている理由だと思います。

どういう人に向く本か

読む前に知っておくと、たぶん損をしません。

向いていると思う人

  • 派手などんでん返しより、積み上げて崩していく過程が好きな人
  • 松本清張の『ゼロの焦点』のような、地味な聞き込みから形が見えてくる話が好きな人
  • 宮部みゆきの『火車』のように、ひとりの人間の輪郭を外から描いていく話が好きな人
  • 刑事同士のやりとりを読むのが好きな人

たぶん向いていない人

  • 最初の100ページで一気に引き込まれたい人
  • 登場人物が多いと混乱してしまう人
  • すっきり終わる話を求めている人

人の名前がたくさん出てきます。10年前と現在が行き来します。

途中で「誰だっけ」となったら、戻って確かめたほうが早いです。急いで読む本ではありません。

夕暮れの住宅街をひとりで歩く小学生の後ろ姿
影は、ひとつぶんしかない

結末について

ここまで読んで、「で、死体は誰だったの」「隼斗のお父さんは見つかったの」と思われたと思います。

この記事では書いていません。

結末については、いま考えをまとめているところです。

この作品は、最後まで行ってからもう一度最初に戻ると、同じ場面の意味が変わってしまう種類の話だと思っています。読んだ勢いのまま書くと、たぶん浅いところで止まります。

それに、隼斗のことを書くのに、真相から逆算して書きたくありませんでした。あの子が署に来た時点では、まだ何も分かっていないので。

まとまったら、この場所に結末の章を足します。

曲に込めたこと

隼斗の視点で、「隼斗の祈り」という曲を作りました。

探している側ではなく、待っている側の歌です。

待つというのは、動きがありません。本当は歌にしにくい。だから、同じ言葉が何度も戻ってくる形にしました。

サビで毎回おなじことを訊く。答えは返ってこない。それをまた繰り返す。

「祈り」という言葉を使ったのは、隼斗がやっていることが、お願いにいちばん近いと思ったからです。

届くかどうかは分からない。相手がどこにいるかも、生きているかも分からない。それでも言い続ける。

顔も声も知らない相手に向かって、生まれてからずっとです。

▼ 隼斗の視点で作ったオリジナル曲「隼斗の祈り」

おわりに

ミステリーを読んでいると、ふつうは犯人のことを考えます。

でもこの作品を知ってから、ずっと考えているのは小学4年生のことです。

顔も声も知らない人を、生まれてからずっと待っている子ども。

その子が、大人に向かって「入れ替わってる可能性はゼロですか」と訊く。

この一行だけで、読む理由としては十分だと思いました。

本格ミステリの考察記事

音羽のブログでは、本格ミステリの作品もいくつか書いています。

→ これまでに考察した作品の一覧はこちら

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