『十角館の殺人』守須はなぜ、あの半年に壊れたのか——音羽が犯人の側から考えた話

物語の考察

綾辻行人さんの『十角館の殺人』の話をします。

この本を、まだ読んでいない人がこの記事を開いていたら。

いますぐ閉じてください。

本気で言っています。

この小説は、たった一行で世界がひっくり返る本です。

その一行を知らずに読める機会は、人生に一度しかありません。

わたしは知らずに読めました。あれは幸運でした。

※以下、犯人と結末に完全に触れます。

いちおう、本の枠だけ。

『十角館の殺人』は1987年に出た綾辻行人さんのデビュー作です。

新本格ミステリの出発点と言われている一冊。

この本が出たことで、日本のミステリの流れが変わりました。

2024年にはドラマにもなりました。映像化は無理だと言われ続けていた作品です。

あの一行を、どう画面でやるのか。

そこが話題になりました。

わたしは、映像でよくあそこまでやったなと思いました。

本のページだからできる仕掛けなので。

どういう話か

大学のミステリ研究会のメンバー七人が、無人島に行きます。

角島という島です。

そこには十角形の館があって、半年前に事件が起きています。

建てた建築家の一家が焼け死んだ。

学生たちは、そこに一週間泊まる予定でした。

で、ひとりずつ死んでいきます。

同時に、本土でも別の人物が動いている。

島と本土が、交互に書かれていく構成です。

この交互の構成が、まず気持ちいいんです。

島では人が死んでいく。

本土では、半年前の事件を調べている人がいる。

読者は、そのうち二つがつながるんだろうなと思いながら読みます。

つながり方が、まさか、という形でした。

しかも、島のパートは古典的な孤島ものです。

嵐で船が来ない。連絡もつかない。

ひとりずつ減っていく。

やっていることは、そして誰もいなくなった、と同じ形です。

わざと古い型に乗せて、最後に新しいことをやる。

その組み立てが見事でした。


▼ この物語をもとにしたオリジナル曲はこちら


あだ名で呼び合う理由

島にいる七人は、お互いを本名で呼びません。

エラリイ、ポウ、カー、ルルウ、アガサ、オルツィ、ヴァン。

全部、海外ミステリ作家の名前です。

ミステリ研らしい遊びだな、と最初は思います。

雰囲気づくりだろう、と。

あれが仕掛けの本体だと気づいたときは、椅子から落ちそうになりました。

しかも、フェアなんです。

嘘は書かれていません。

本名を言っていないだけ。

読者が勝手に、別人だと思い込んでいるだけです。

あとから読み返すと、ちゃんと書いてある。

騙されたというより、自分でつまずいた感じになります。

そこが悔しくて、気持ちいい。

二回目に読むと、あちこちに手がかりが置いてあるのがわかります。

よくこんな綺麗に隠したな、と感心します。

あの一行——すべてがひっくり返る瞬間

本土のパートで、ある人物が電話を受ける場面があります。

相手が名乗る。

たったそれだけの一行です。

ページの途中に、ぽんと置いてある。

装飾もなければ、盛り上げもない。

そこまで読んできた全部が、その瞬間に別の意味になります。

島と本土が、同じ時間に、同じ人物によってつながっていた。

あの一行の破壊力は、いまだに超えられていないと思います。

しかも、その一行のあとに説明がありません。

作者は、読者が固まっている時間を待ってくれない。

普通に次の場面が進んでいきます。

あの素っ気なさが、いちばん効いています。

犯人は、誰だったのか

本土にいた守須が、島のヴァンでした。

つまり、彼はずっと両方にいた。

殺しながら、本土で普通に人と会っていた。

ここからが、この記事で書きたいところです。

あの人は、なぜあんなことをしたのか。

動機の部分は、ページ数でいうとそんなに多くありません。

トリックの本として読むと、通り過ぎてしまう箇所です。

でも、二回目に読むとここが重くなります。

この人は、半年間ずっとこれを準備していたわけなので。

日常を普通に送りながら、裏で計画を組み立てていた。

大学に通って、友人と話して、笑いながら。

千織のこと

半年前に、ひとりの女子学生が死んでいます。

中村千織。

ミステリ研のコンパで、急性アルコール中毒で亡くなりました。

事故です。

誰かが殺したわけじゃない。

ただ、その場にいた人たちが、飲ませていた。

悪気なく。楽しく。いつものノリで。

そして守須は、その千織を好きだったんだと思います。

好きだった、と本人がはっきり言う場面は多くありません。

そこが、この人らしいところでもあります。

たぶん、千織にも伝えていなかった。

言えないまま、いなくなられた。

その形の失い方が、いちばん引きずると思います。

終わってすらいないので。

告白していれば、断られて終われたかもしれません。

可能性が残ったまま消えると、人はそこから動けなくなります。

事故と、それ以外

世間から見れば、あれは事故です。

誰も罪に問われません。

警察も動かない。

たぶん、その場にいた人たちも、しばらくしたら普通に暮らしはじめた。

新学期が来て、飲み会があって、また笑っている。

それが、守須には耐えられなかったんだと思います。

自分の世界は止まったままなのに、みんなは進んでいく。

大切な人を亡くしたことがある人なら、この感覚はわかると思います。

世界が普通に回っていることに、腹が立つ。

コンビニが開いていることにも、電車が来ることにも。

自分だけが取り残されている感じ。

たいていの人は、そこから時間をかけて戻ってきます。

守須は、戻れなかった。

戻る手伝いをしてくれる人が、そばにいなかったのもあると思います。

いちばん怖いのは、そこ

この動機の書かれ方が、この小説のもうひとつの怖さです。

憎むほどの悪人が、ひとりも出てきません。

殺された学生たちは、ただの普通の大学生です。

意地悪でもないし、犯罪者でもない。

ちょっと調子に乗って、無理に酒をすすめただけ。

そんな夜、たぶんどこにでもあります。

それが、人ひとりの命を奪うことがある。

そして、奪われた側の恋人には、何の権利も与えられない。

恋人ですらなかったかもしれません。

片想いだった可能性のほうが高い。

だとすると、悲しむ資格すら曖昧です。

葬式でも、たぶん前のほうには座れない。

友人のひとり、として扱われる。

あの立場は、けっこうきついです。

しかも、その気持ちを話せる相手もいません。

話せば、いまさら何を、という顔をされる。

半年経てば、周りはもう終わったことにしています。

ひとりで抱えるしかない。

その時間が、あの計画を育てたんだと思います。

守須を擁護する気はない

ここは、はっきり書いておきます。

やったことは、六人の殺人です。

しかも、計画的で、逃げ切るつもりでやっている。

千織のためだったとしても、千織は喜ばないと思います。

好きだった人が、そのために人生を捨てる。

あれは、追悼じゃない。

自分の苦しさを、外に出す場所を探しただけです。

それでも、その苦しさ自体は本物だったと思います。

この二つを同時に書けるのが、この小説のすごさだと思っています。

犯人に共感させながら、絶対に肯定はさせない。

読者は、どっちつかずのまま置いていかれます。

気持ちよく終われない小説ほど、長く残るのかもしれません。

名前を呼ばない世界

あだ名の話に戻ります。

あの七人は、島にいるあいだ、本名を使いません。

本名を使わない場所では、人は少し無責任になります。

ネットのハンドルネームと、たぶん同じです。

千織が死んだ夜も、その延長線上だった気がします。

ノリと、あだ名と、身内の空気。

あの中では、誰も自分の責任だと思っていない。

だから守須は、その世界の中で殺すことにした。

あだ名のまま、記号として。

殺す順番や方法にも、たぶん意味があります。

でも、いちばん残酷なのは、あの島に連れて行ったこと自体だと思います。

あの合宿は、守須が言い出したようなものです。

楽しそうな計画として持ちかけて、全員がそれに乗った。

信頼されていたということです。

その信頼を使っている。

これがいちばん、寒くなるところでした。

信じられている人ほど、こわいことができてしまう。


▼ 『十角館の殺人』の世界を描いたオリジナル曲


十角形という形

館の形にも意味があると思っています。

十角形の部屋は、角が多すぎて落ち着きません。

丸くもないし、四角くもない。

どこにも背中を預けられない形です。

あの中で一週間過ごすだけで、たぶん人はおかしくなります。

守須は、その場所を選びました。

中村青司という建築家が出てきます。

あの人が作る家は、どれも普通じゃありません。

綾辻さんの館シリーズは、ここから始まります。

建物が人をおかしくする、という発想が一貫している。

十角館も、その一軒です。

部屋にいるだけで、少しずつ削られていく。

角が十個あると、視線の逃げ場がないんですよね。

丸い部屋なら、まだ落ち着く。

意図的に不安にさせる設計です。

結末——守須はそのあと、どうなったのか

ここから結末に触れます。未読の方は、ここで止めてください。

最後、ある物が海に流れます。

書かれるのは、それだけです。

守須がどうなったかは、書かれません。

捕まったとも、逃げ切ったとも言わない。

わたしは、あれでよかったと思っています。

裁かれる場面を書いてしまうと、すっきりしてしまうので。

この話は、すっきりさせてはいけない話です。

もし守須が捕まる場面があったら、読者は安心して本を閉じられます。

よかった、悪は裁かれた、と。

でも、この小説はそれをさせません。

千織のことも、六人のことも、宙に浮いたまま終わる。

だから何十年経っても語られているんだと思います。

曲に込めたこと

この物語をもとに作った曲は、守須の視点で書きました。

殺人の場面は、ひとつも入れていません。

書いたのは、千織がいなくなったあとの半年のほうです。

何も起きない半年。

周りが元通りになっていくのを、黙って見ている時間。

あそこで、あの人は壊れたんだと思うので。

メロディも、静かなままにしています。

復讐の歌にすると、勢いが出てしまうので。

あの人がやったことは、たぶん勢いじゃない。

半年かけて、冷たく固めたものです。

だから曲も、盛り上がらないまま終わります。

おわりに

この小説は、トリックの本として語られます。

たしかに、あの一行のためだけでも読む価値があります。

でも二回目に読むと、まったく違う本になります。

守須がどこで何をしていたか、全部わかって読むので。

あの人が黙っている場面が、いちいち重くなる。

二度目のほうが悲しい小説って、そんなにありません。

一度目は、驚くための読書です。

二度目は、見る読書になります。

同じ本なのに、まったく別の体験になる。

もし昔読んだきりの方がいたら、ぜひもう一度めくってみてください。

お酒の場のこと

最後に、ひとつだけ現実の話を。

急性アルコール中毒で亡くなる人は、いまも毎年います。

大学のサークルでも、職場でも。

その場にいた人たちは、殺すつもりなんてありません。

盛り上げているつもりです。

でも、無理にすすめた一杯が命を奪うことがある。

この小説は1987年の本ですが、そこはまるで変わっていません。

守須のようなことをする人はいません。

でも、あの半年を過ごす人は、たぶんどこかにいます。

残された誰かが、静かに壊れていく。

そっちのほうが、現実にはずっと多い気がします。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

→ これまでに考察した作品の一覧はこちら

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あらすじをなぞるのではなく、その人が何を感じていたかを想像しながら、歌と文章で書いています。

本格ミステリの考察記事

音羽のブログでは、ほかにもこういう作品の考察を書いています。

  • 『方舟』(夕木春央)——犯人はなぜ、あの数日を平然と過ごせたのか
  • 『容疑者Xの献身』(東野圭吾)——石神哲哉はなぜ、あそこまでやったのか
  • 『八つ墓村』(横溝正史)——田治見要蔵を怪物にしたのは誰か
  • 『火車』(宮部みゆき)——新城喬子はなぜ、人の名前が必要だったのか

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