『ビロードのうさぎ』ぼろぼろになるまで愛されること——音羽が考えた、ほんものの話

物語の考察

『ビロードのうさぎ』の話をします。

原題は The Velveteen Rabbit。

ぬいぐるみのうさぎが、ほんものになりたいと願う話です。

あらすじだけ聞くと、かわいらしい童話に思えます。

実際に読むと、そんなに甘くありません。

以下は音羽の勝手な読み方です。正解を書くつもりはありません。

いちおう、本の枠だけ。

『ビロードのうさぎ』は1922年にイギリスで出た児童文学です。マージェリィ・ウィリアムズ作、ウィリアム・ニコルソン絵。

日本では酒井駒子さんの絵の版がよく知られていて、あの絵で覚えている人も多いと思います。

百年前の本なのに、いまも新しい訳や版が出続けている。

それだけ、刺さる人には深く刺さる話だということだと思います。

作者のマージェリィ・ウィリアムズは、この話を第一次大戦のあとに書いています。

たくさんの人が亡くなったあとの時代です。

失うことと、それでも残るもの。

そういうことを考えながら書いたのかもしれません。

そう思って読むと、あの燃やされる場面の意味も少し変わってきます。

※結末に触れています。まだ読んでいない方はご注意ください。

どういう話か

クリスマスに、男の子のところへ一匹のうさぎのぬいぐるみが来ます。

ビロードでできた、地味なうさぎ。

おもちゃ箱には、ぜんまい仕掛けの立派なおもちゃがたくさんいます。

彼らは、自分たちのほうが上等だと思っている。

うさぎは、隅っこで小さくなっています。

そこに、古い木馬が声をかける。

この木馬が言う「ほんもの」の話が、この物語のすべてです。

この木馬が、また渋いんです。

もう長く生きていて、たくさんのおもちゃが来ては消えるのを見てきた。

偉そうにもしないし、うさぎを慰めもしない。

ただ、事実として話す。

こういう年寄りのポジションの登場人物、わたしは好きです。

経験した人だけが言えることって、あると思うんです。

励ましでも、説教でもなく、ただ知っていることを話す。

あの木馬の口調は、まさにそれです。

ほんものになるということ

木馬は言います。

子どもに長く愛されると、ほんものになる、と。

ただ、そのときにはもう、毛は抜けて、目は取れて、ぼろぼろになっている。

つまり、きれいなままではほんものになれない。

ここが、この童話のいちばん残酷で、いちばん優しいところだと思います。

大事にされるって、傷つくことなんですよね。

しまっておかれるおもちゃは、きれいなまま何者にもなれない。

箱に入れたまま飾ってあるフィギュアとか、袋を開けないままのぬいぐるみとか。

あれって、大事にされているようで、実は関係を持っていないんですよね。

傷つかない代わりに、何も起きない。

この童話は、そこをはっきり書いています。

痛みを引き受けないと、ほんものにはなれない。

けっこう厳しいことを、やさしい言葉で言ってきます。

人でも同じかもしれません。

誰とも深く関わらなければ、傷つかずに済む。

でも、それだと何も残らない。

すり切れた分だけ、その人になっていく気がします。


▼ うさぎの視点で書いたオリジナル曲はこちら


男の子と、うさぎ

うさぎは、男の子のいちばんのお気に入りになります。

一緒に寝て、庭に連れ出されて、なくして探されて。

どんどん汚れて、毛が抜けていく。

でも、うさぎは幸せです。

汚れていくことが、愛された証拠なので。

あるとき男の子が言います。これはおもちゃじゃない、ほんものだって。

あの場面のうさぎの気持ちを想像すると、こっちまで泣きそうになります。

しかも男の子は、深く考えて言ってるわけじゃありません。

本気でそう思っているだけ。

その無自覚さが、いちばん強いんだと思います。

大人になると、こういう言い方ができなくなります。

相手がどう思うか考えたり、言葉を選んだり。

子どもは、思ったことをそのまま言う。

だからこそ、その一言が本物になる。

野うさぎたちに会う場面

途中で、本物の野うさぎに出会う場面があります。

彼らは走るし、後ろ足で跳ねるし、生きている。

うさぎは、動けない。

自分には後ろ足がない、ということに、そこで気づかされる。

あそこ、かなりきつい場面です。

男の子がほんものだと言ってくれても、世界から見たらぬいぐるみのまま。

愛されることと、認められることは、別なんだと思います。

うさぎは、跳ねようとしてみるんですよね。

もちろん、動けない。

あそこを読むたびに、胸が詰まります。

できないことを、できないと突きつけられる瞬間。

しかも、悪気のある相手じゃない。野うさぎたちは、ただ不思議がっているだけです。

悪意のない場面のほうが、こたえるときがあります。

比べたつもりがなくても、比べられてしまうことってありますよね。

あの場面のうさぎは、まさにそれを食らっています。

燃やされる

男の子が猩紅熱にかかります。

回復したあと、病気の菌がついたものは全部捨てることになる。

うさぎも、庭で燃やされることになります。

あれだけ「ほんもの」と言われたのに、袋に入れられて外に置かれる。

しかも男の子は、新しいおもちゃに夢中になっていて、うさぎのことを聞きもしない。

ここが本当につらいです。

子どもって、そういうものです。悪気なく、忘れる。

ここを読むと、いつも少し腹が立ちます。

あれだけ一緒にいたのに、と。

でも、責められないんですよね。

男の子は病気で寝込んでいたし、まだ小さい。

大事にしていたことと、忘れることは、両立してしまう。

人間って、そういうものだと思います。

そこで、うさぎは泣く

袋の中で、うさぎは本物の涙をこぼします。

ぬいぐるみなのに、涙が出る。

あの涙が落ちたところから、花が咲く。

そして妖精が現れて、うさぎを本物のうさぎにします。

ご都合主義だと言う人もいると思います。

でも、わたしはあの流れが好きです。

捨てられて、はじめてほんものになる。

誰かに大事にされている間じゃなく、その関係が終わってから。

あの涙は、たぶん愛された分だけたまっていたものです。

うれしいときには出なかった。

全部終わってから、はじめて出た。

気持ちって、そういう出方をすることがあります。

うれしいときより、全部終わったあとに来る。

葬式のあとに泣けてくる、みたいな話と近い気がします。

あの結末をどう読むか

本物になったうさぎは、森へ行きます。

翌年の春、男の子はそのうさぎを見かける。

でも、自分のうさぎだとは気づきません。

気づかないまま、少し似ているな、と思うだけ。

あそこを悲しいと読む人もいると思います。

わたしは、これでよかったんじゃないかと思っています。

あの関係は、もう終わっている。

終わったからこそ、うさぎは自分の足で走れるようになった。

もし男の子が気づいて、また連れて帰っていたら。

それはたぶん、優しいようで、ちょっと違う話になります。

うさぎはもう、誰かのものじゃないので。

おもちゃ箱のヒエラルキー

前半の、おもちゃたちの関係も好きです。

ぜんまい仕掛けのおもちゃは、自分たちを本物だと思っている。

新しくて、機械が入っていて、動く。

うさぎは、布でできているだけ。

あの上下関係、そのまま人の世界です。

新しいもの、高いもの、機能が多いもの。

そっちが偉いということになっている。

肩書きとか、持ち物とか、そういうもので上下を決める感じ。

でも最後にほんものになるのは、いちばん地味だったうさぎです。

百年前の話なのに、いまのSNSを見ているような気持ちになります。

大人になって読むと

この話は、子どもの本の顔をしていますが、たぶん大人の話です。

誰かに大事にされて、すり切れて、いつか忘れられる。

でも、その時間があったから自分になれた。

そういう経験って、大人ほど心当たりがあると思います。

別れた人、離れた友達、いなくなった家族。

関係が続いていることだけが、価値じゃない。

終わった関係を失敗だと思ってしまうこと、あると思うんです。

でも、そのあいだに自分が変わっていたなら、それは無駄じゃない。

うさぎは、男の子といた時間で、すり切れて、ほんものになった。

もし出会わなければ、きれいなまま箱の中でした。

どっちがいいかと聞かれたら、わたしは前者を選びたいです。

痛いのはいやですが。

とはいえ、実際にすり切れているときは、そんなふうには思えません。

あとになって、やっとそう思えるだけです。

曲に込めたこと

この物語をもとに作った曲は、うさぎの視点で書きました。

妖精の場面は、あえて大げさにしていません。

奇跡の歌にすると、それまでの地味な日々が薄くなってしまうので。

書きたかったのは、毛が抜けていく時間のほうです。

毎日ちょっとずつ汚れていく。

そのことを、うさぎは嬉しく感じている。

その感覚を歌にできたらいいなと思って作りました。

だから曲も、あまり展開させていません。

同じ景色が少しずつ変わっていくような作りにしています。

もしよかったら、絵本を思い出しながら聴いてみてください。

おわりに

ほんものって何だろう、というのは、ずっと考えてしまいます。

この話の答えは、はっきりしています。

誰かに本気で大事にされた時間があるかどうか。

きれいさでも、値段でもない。

百年前に書かれた話ですが、そこはまったく古びていません。

この本を、子どもに読んであげるのもいいと思います。

たぶん、意味はわからないと思いますが。

わからないまま覚えていて、大人になってから効いてくる。

そういう本だと思います。

わたしも、そうやって効いてきたひとりです。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

音羽(Otowa)について

音羽は、小説や映画、童話を題材に、登場人物の心情を歌にしているチャンネルです。

あらすじをなぞるのではなく、その人が何を感じていたかを想像しながら、歌と文章で書いています。


▼ 『ビロードのうさぎ』の世界を描いたオリジナル曲


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