『アリとキリギリス』キリギリスは本当に怠けていたのか——音羽が納得できていない話

物語の考察

イソップの『アリとキリギリス』の話をします。

たぶん、日本人なら全員知っている話です。

夏に働いたアリは冬を越せて、遊んでいたキリギリスは困る。

備えは大事、という教訓。

子どものころは、素直にそう思っていました。

いまは、ちょっと納得できていません。

以下は音羽の勝手な読み方です。正解を書くつもりはありません。

いちおう、話の枠だけ。

『アリとキリギリス』は、イソップ寓話のひとつです。二千数百年前のギリシャが出どころとされています。

もともとはキリギリスではなく、セミだったという説もあります。

ギリシャにはセミがいて、北のほうへ伝わるうちに、セミのいない土地でキリギリスに置き換わったとか。

そんな細かいところまで変わりながら、いまも残っている。

たいした生命力です。

イソップ寓話って、だいたい短いんですよね。

数行で終わって、最後に教訓がつく。

その簡潔さのおかげで、いろんな場面で使われてきました。

使いやすいぶん、都合よく持ち出されることもあります。

働かない人を責めるときに、この話を出す人っていますよね。

あれを見るたび、ちょっともやっとします。

物語は、人を追い込む道具にもなります。

だから、どう読むかが大事なんだと思います。

もともとは、けっこう厳しい話

原典では、キリギリスは助けてもらえません。

アリに「夏に歌っていたなら、冬は踊れば」と言われて、それで終わり。

かなり冷たいです。

日本で広まっているのは、アリが家に入れてあげる優しいバージョンが多いですよね。

あれは、後から作られたものです。

つまり、この話の結末は昔からずっと書き換えられてきた。

みんな、あの終わり方に納得していなかったんだと思います。

子ども向けの本だと、だいたいアリが助けます。

で、キリギリスが反省して、来年からは働きます、と言う。

あれ、正直ちょっと居心地が悪いんです。

反省させないと終われない、という感じがして。

歌っていたことを、悪いことにしないでほしい。

反省して終わる話にすると、伝わるのはひとつだけです。

みんなと同じことをしなさい、ということ。

でも、この寓話にはもっと別の読み方ができる余地があると思います。

たとえば、キリギリスが冬に何をするか、という続きを子どもに考えさせてみる。

たぶん、大人が思いつかない答えが出てきます。

キリギリスは、怠けていたのか

ここが、いちばん引っかかるところです。

キリギリスは、夏のあいだ歌っていました。

遊んでいた、と書かれることが多い。

でも、歌うのはあの子の仕事だったんじゃないでしょうか。

アリが土を運ぶように、キリギリスは歌う。

たまたま、その働きが食べものにならなかっただけで。

わたしは音楽をやっているので、どうしてもそこが気になります。

曲を作っている時間って、外から見たら遊んでいるように見えると思います。

机に向かってもいないし、汗もかいていない。

でも本人は、けっこう必死です。

その必死さは、たいてい伝わりません。

キリギリスも、そうだったんじゃないかな、と思ってしまいます。

もちろん、これは自分に引きつけすぎた読み方です。

わかっていて書いています。

でも、物語ってそういうふうに読むものだとも思うんです。

同じ話でも、読む人の職業や状況でまったく違って見える。

それが面白いところです。


▼ キリギリスの視点で書いたオリジナル曲はこちら


誰がその歌を聴いていたか

もうひとつ思うことがあります。

キリギリスが夏に歌っていたとき、それを聴いていたのは誰か。

たぶん、働いているアリたちです。

重い荷物を運びながら、あの歌を聞いていた。

無意識に、少し足取りが軽くなっていたかもしれない。

だとしたら、キリギリスは何もしていなかったわけじゃない。

ただ、そのことは誰も数えていないだけです。

お祭りとか、お囃子とか、昔からどこの村にもありました。

あれ、食べものにはなりません。

でも、なくなると村はたぶん持たない。

人間って、労働だけでは続かないようにできている気がします。

戦時中でも、音楽はなくなりませんでした。

食べものがない時期にこそ、歌が必要だったという話も聞きます。

余裕があるから歌うんじゃなくて、苦しいから歌う。

順番が逆なんだと思います。

だから、キリギリスの歌がいちばん必要だったのは、たぶん冬なんですよね。

食べものが少なくて、外に出られなくて、気が滅入る季節。

あの子の出番は、そこだった気がします。

形にならない働き

食べものは、数えられます。

何粒集めたか、はっきりわかる。

でも、歌が誰かを助けたかどうかは、数えられません。

数えられないものは、なかったことになりやすい。

この寓話がずっと引っかかるのは、たぶんそこです。

目に見える成果だけで、その人の価値が決まってしまう。

いまの世の中も、けっこうそうだと思います。

数字で出せる仕事は、評価されやすい。

誰かの機嫌を直したとか、場をなごませたとか、そういうのは残りません。

でも、その人がいなくなると、急にうまく回らなくなる職場ってあります。

あとになって、あの人がやっていたことの大きさに気づく。

キリギリスが冬にいなくなった夏を、アリたちはどう過ごすんだろう。

そんなことを考えてしまいます。

とはいえ、アリは正しい

念のために書いておくと、アリを責める気はまったくありません。

あの子たちは、ちゃんと働いた。

備えた人が冬を越せるのは、当たり前です。

自分の食べものを分けてあげる義務も、本当はない。

分けてくれるなら、それはただの優しさです。

だから、この話は「どっちが正しいか」の話じゃないんだと思います。

価値の測り方が一種類しかないことの、しんどさの話です。

冬に食べものが要る、という基準しかない世界では、キリギリスは無価値です。

でも、夏に楽しさが要る、という基準も足せば、話は変わります。

物差しが一本だと、必ず誰かが下に置かれる。

この寓話がずっと語り継がれているのは、そこに気づく人が絶えないからだと思います。

学校でも、会社でも、物差しは一本になりがちです。

成績とか、売上とか。

その物差しに合わない人が、必ず出てくる。

でも、その人が無価値なわけじゃない。

測り方が足りていないだけかもしれません。

自分に合う物差しが見つかるまで、時間がかかる人もいます。

その間、ずっと駄目な人ということにされてしまう。

そこがいちばん、この話でしんどいところです。

冬に、キリギリスができること

もしアリが助けてくれたとして。

キリギリスは、何を返せるでしょうか。

食べものは持っていません。労働力も、あの体では厳しい。

できるのは、歌うことだけです。

冬の巣の中で、外は雪で、みんな暇をしている。

そこで一曲歌う。

それは、ちゃんとお返しになっていると思うんです。

少なくとも、わたしはそう思いたい。

もちろん、これはわたしがそういう側の人間だからです。

作ったものが誰かの役に立っていてほしい、という願望が入っています。

そこは、正直に書いておきます。

アリの側にも言い分がある

ただ、アリの立場でも考えてみます。

毎日、重い荷物を運んで、暑い中を往復して。

その横で、誰かが日陰で歌っている。

腹が立たないほうが、たぶん無理です。

しかも冬になったら、その相手が食べものをくれと言ってくる。

冷たくあしらったアリを、責められるでしょうか。

わたしなら、たぶん少しは嫌な顔をします。

この話が二千年もつのは、どっちの気持ちもわかってしまうからだと思います。

曲に込めたこと

この寓話をもとに作った曲は、キリギリスの視点で書きました。

言い訳の歌にはしていません。

自分は悪くなかった、と主張する歌にすると、たぶん嫌な感じになるので。

書いたのは、ありがとう、という気持ちのほうです。

助けてもらったこと。夏に聴いてくれていたこと。

お礼を歌にするって、ちょっと図々しい気もします。

物をあげられないから歌う、というのは。

でも、それしか持っていないなら、それでいいと思うことにしました。

曲調も、明るくしています。

冬の話なので暗くしようかとも思ったんですが、それだと言い訳っぽくなるので。

サビは、素直にありがとうと言うだけにしました。

ひねらないほうがいいと思ったので。

もしよかったら、話を思い出しながら聴いてみてください。

おわりに

この話を子どもに読むとき、備えなさい、で終わらせるのはもったいない気がします。

世の中には、いろんな働き方がある。

数えられる仕事と、数えられない仕事。

どっちも要る、というところまで話せたら、この寓話はもっと面白くなると思います。

二千年以上前の話が、いまだにこうやって議論されている。

それ自体が、けっこうすごいことです。

物語が長く残るのって、いい話だからじゃないと思います。

引っかかるところがあるからです。

納得できないから、人はその話を何度も持ち出す。

『アリとキリギリス』は、まさにそれだと思っています。

結末が書き換えられ続けているのが、その証拠です。

この記事と曲が、あなたにとって、この古い話をもう一度考えるきっかけになれば嬉しいです。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

音羽(Otowa)について

音羽は、小説や映画、童話を題材に、登場人物の心情を歌にしているチャンネルです。

あらすじをなぞるのではなく、その人が何を感じていたかを想像しながら、歌と文章で書いています。


▼ 『アリとキリギリス』の世界を描いたオリジナル曲


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