「捨てたんじゃない、渡したんだよ」——『そして、バトンは渡された』梨花という母が選んだ、究極の愛のかたち

物語の考察

瀬尾まいこさんの小説『そして、バトンは渡された』は、2019年に本屋大賞を受賞し、映画にもなった大ヒット作です。主人公の女の子・優子(みぃたん)が、血の繋がらない親も含めた、何人もの「親」のもとで育っていく——温かくも切ない、家族の物語です。

この記事では、その物語を、優子の「血の繋がらない母」である梨花(りか)の目線から振り返り、彼女の本当の想いを考察していきます。何度も結婚と離婚を繰り返し、最後には娘の前から姿を消した梨花。一見すると身勝手に見える彼女の行動の裏には、どんな愛が隠されていたのか。ここからは、梨花自身が静かに語りかけるように、その心の内をたどってみましょう。


私の名前は、梨花(りか)。

もしかすると、私のことを「自分勝手な人」だと思っている人がいるかもしれません。何度も結婚と離婚を繰り返し、最後には大切な娘を置いて、彼女の前から姿を消してしまった——そう聞けば、ひどい母親に見えても仕方がないと思います。

でも、もし許されるなら、一度だけ、本当の気持ちを話させてください。私があの子のためにしてきたことの、本当の意味を。

血の繋がらない、けれど確かな「家族」のはじまり

『そして、バトンは渡された』は、主人公の女の子・優子(ゆうこ)が、何人もの「親」のもとで育っていく物語です。血の繋がった親、血の繋がらない親——彼女は、三人の父と、二人の母のあいだを渡り歩きながら大きくなっていきます。

その「母」の一人が、私、梨花でした。

私は、優子のお父さんと結婚しました。だから、優子と私のあいだに血の繋がりはありません。世間で言うところの「継母(ままはは)」というやつです。けれど、私はあの子のことを、最初に出会ったあの日から、心の底から「自分の娘だ」と思っていました。

初めて優子に——私は親しみを込めて「みぃたん」と呼んでいました——会ったとき、あの子は、まだ小さいのに、必死で強がっていました。泣かないように、わがままを言わないように、大人の顔色をうかがいながら、ぐっと自分の感情をこらえている。そんな小さな女の子でした。

その姿を見た瞬間、私には分かってしまったのです。この子は、本当はものすごく寂しいんだ、と。

だから私は、心に誓いました。血の繋がりなんて関係ない。私がこの子を、絶対に笑顔にする。本当の親として、めいっぱい愛し抜いてみせる、と。

そして、不思議なことに——みぃたんの笑顔は、いつのまにか、私自身の心まで救ってくれる光になっていました。何度も恋に破れ、結婚に失敗してきた私にとって、あの子と過ごす時間こそが、生まれて初めて手に入れた「本当の家族」の温もりだったのです。

「いいお母さん」でいたかった、ただそれだけ

みぃたんと暮らした日々のことを、私は今でも、宝物のように覚えています。

美味しいものを食べさせてあげたくて、無理をしてでも豪華な食事を用意したこともありました。ピアノを習わせてあげたくて、立派なピアノを買ったこともありました。傍から見れば「やりすぎ」「見栄っ張り」と思われたかもしれません。

でも、私はただ、みぃたんに「何も我慢させたくない」「普通の子と同じように、いいえ、それ以上に幸せにしてあげたい」——その一心でした。血が繋がっていないからこそ、誰よりも「いいお母さん」でいたかった。あの子に「この人のところに来てよかった」と、心から思ってほしかったのです。

豪華な食事も、立派なピアノも、おしゃれな洋服も。今思えば、少しやりすぎだったかもしれません。でも、私は「血が繋がっていないこと」で、みぃたんに少しでも引け目を感じさせたくなかった。「あなたは誰よりも愛されている」と、形にしてでも伝えたかったのです。

もちろん、愛は物やお金で測れるものではありません。それは、私もよく分かっていました。でも、言葉で気持ちを伝えるのが苦手だった私にとって、みぃたんに何かをしてあげることは、不器用な私なりの「愛している」の言い方だったのです。

特にピアノは、私の小さなこだわりでした。たとえ私がいなくなっても、音楽は一生、みぃたんのそばに寄り添ってくれる。寂しい夜も、つらい朝も、鍵盤に触れれば、きっと心が少しだけ軽くなる。そんな「目には見えないお守り」を、あの子に遺したかったのだと思います。

実際、みぃたんはピアノとともに育ち、その音色は、あの子の人生の節目節目で、そっと寄り添ってくれることになります。私がそばにいられなくても、私が選んだものたちが、あの子の毎日を見守り続けてくれる——そう思うと、少しだけ心が安らぎました。

優子のお父さんと別れることになっても、私はみぃたんを手放しませんでした。普通なら、血の繋がらない子どもは、実の親のもとへ返されるものなのかもしれません。でも、私にはそれができなかった。だって、私たちはもう、誰がなんと言おうと「本物の親子」だったのですから。

「自分勝手な母」に見える、その裏側にあったもの

何度も結婚と離婚を繰り返した私のことを、物語を読んだ人の多くは、最初は「困った人だな」「身勝手だな」と感じるかもしれません。実際、私の生き方は、決して褒められたものではなかったでしょう。

でも、私の結婚のいくつかは、自分の幸せのためというより、「みぃたんに、ちゃんとした家庭と父親を用意してあげたい」という思いからのものでした。不器用で、まわり道ばかりで、ときに間違ってもいたけれど——その根っこにあったのは、いつだって、あの子の幸せを願う気持ちだったのです。

愛情の表し方が下手な人間というのは、確かにいます。私もその一人でした。まっすぐに「好きだよ」「大切だよ」と言えたら、どんなによかったか。でも、言葉にできなかったぶんを、私は行動で——たとえ誤解されるかたちであっても——伝えようとしていたのです。

幾人もの親の手を渡り歩いた、みぃたんという子

少しだけ、みぃたんがたどってきた道のりについてお話しさせてください。あの子は、本当に幼いころに、生みの母親と離れて暮らすことになりました。そして、実のお父さんに大切に育てられていたのですが、そのお父さんが遠い外国へ仕事に行くことになり——その縁で、私が「お母さん」として、みぃたんを引き受けることになったのです。

それからのみぃたんは、私の再婚や事情によって、何人もの父親のもとを渡り歩くことになりました。傍から見れば、めまぐるしく親が変わっていく、落ち着かない暮らしに映ったかもしれません。けれど、どの家でも、みぃたんは確かに愛されていました。誰一人として、あの子をぞんざいに扱った人はいなかった。私はそのことを、心から誇りに思っています。

そして最後に、私はみぃたんに、森宮さんという、とても誠実で優しい人を「新しいお父さん」として遺すことを選びました。年は離れていましたが、この人ならきっと、私がいなくなったあとも、みぃたんを本当の娘のように大切にしてくれる——そう確信できる人でした。

体に近づく「限界」と、私が下した決断

幸せな時間は、いつまでも続くわけではありませんでした。

ある日、私は自分の体に、静かに限界が近づいていることを知りました。病気でした。このままでは、私はみぃたんのそばに、いつまでもいてあげることはできない。あの子が大人になる姿を、見届けてあげることはできない。

その事実を受け止めたとき、私の頭に浮かんだのは、自分の病気の不安よりも、「みぃたんはこれからどうなるのだろう」という、ただそれだけでした。

もし、私がこのまま無理をして、最後の瞬間までみぃたんのそばにいたとしたら。あの子はきっと、私の最期を見届けて、深く深く傷つくでしょう。そして、私がいなくなったあと、たった一人で残されてしまう。それだけは、どうしても避けたかった。

だから私は、考えました。私がいなくなっても、みぃたんが笑って生きていける場所を。私よりももっと上手に、もっと長く、あの子を守り、望む未来を与えてくれる人を。

そうして私は、新しい「お父さん」になってくれる、優しくて誠実な人を探し始めたのです。みぃたんを託すために。私がいなくなったあとも、あの子が安心して暮らしていける「家」を、用意するために。

私が森宮さんに託したかった、たった一つの願い

森宮さんを選んだのは、決して打算ではありませんでした。お金や条件ではなく、「この人なら、みぃたんの心を本当に大切にしてくれる」と感じられたから。それが、すべてでした。

みぃたんは、人の顔色をうかがってしまう、気を遣いすぎる子です。だからこそ、そんなあの子が、遠慮なく甘えられる人。失敗しても、わがままを言っても、まるごと受け止めてくれる人。私は、そういう「安心できる居場所」そのものを、みぃたんに遺したかったのです。

森宮さんに、私は多くを語りませんでした。でも、心の中では、何度も何度もお願いしていました。「どうか、この子を笑顔にしてあげてください。私の代わりに、ずっとそばにいてあげてください」と。それが、母親としての私の、最後のお願いでした。

「行かないで」と言えなかった、あの日のこと

本当は、ずっと一緒にいたかった。

みぃたんが「行かないで」と泣いてくれるなら、私だって「行かないよ」と抱きしめたかった。最後の一秒まで、あの子の手を握っていたかった。それが、私の本当の気持ちです。

でも、それをしてしまったら、私はみぃたんを「悲しみ」の中に置き去りにすることになる。私のわがままで、あの子の未来を、暗いものにしてしまう。

だから私は、自分の感情をぜんぶ押し殺しました。涙を見せず、いつもどおりの笑顔を作って、みぃたんの前から静かに姿を消すことを選んだのです。「手放すこと」——それが、あのときの私にできる、精一杯の、そして一番つらい愛のかたちでした。

そばにいることだけが、愛ではない。相手の幸せを願って離れることもまた、愛なのだ——そう自分に言い聞かせながら、私はあの子に背を向けました。あれは、私の人生で一番つらく、そして一番誇らしい決断だったと、今でも思っています。

捨てたんじゃない。次の愛へと「渡した」のです

みぃたんの前から姿を消すとき、私の心にあったのは、「もういらない」なんて気持ちでは、決してありませんでした。

これは、陸上競技のリレーに似ています。私は、みぃたんという、世界でいちばん大切な宝物を、次の走者へと「バトンタッチ」したのです。私の手から、新しいお父さんの手へ。たしかな愛情とともに。

このタイトル『そして、バトンは渡された』には、そんな意味が込められています。みぃたんは、たくさんの親の手から手へと「渡された」子です。でも、それは「たらい回しにされた」のではありません。一人ひとりが、精一杯の愛情を込めて、次の人へと大切にバトンを繋いでいった——その証なのです。

リレーで一番難しいのは、実は「バトンを渡す瞬間」だと言われます。少しでもタイミングがずれれば、バトンは落ちてしまう。だからこそ、渡す側は、次の走者を信じて、全力で手を伸ばさなければなりません。私もまた、みぃたんという大切なバトンを落とさないように、必死で次の手へと託したのです。

そして、バトンを受け取った人は、また次の誰かへと、その想いを繋いでいく。みぃたんが受け取ったのは、ただの「養育の責任」ではありません。何人もの親が込めた、たくさんの愛情そのものでした。

いつか、みぃたんが大人になったとき。自分がどれだけ多くの人に愛され、リレーのように大切に育てられてきたのかに、気づいてくれたら。私はそれだけで、十分に幸せです。

たとえ、私のことを「途中でいなくなったお母さん」として、誤解されたままでもかまわない。あの子が笑って過ごせる場所があるのなら、それでいい。それが、私の、海のように深く、まっすぐな祈りです。

Yaquina Head Lighthouse at Sunset, Oregon, USA

梨花という母が、教えてくれたこと

『そして、バトンは渡された』という物語を、私・梨花の視点からたどってみると、見えてくるものがあります。

それは、「家族」とは、血の繋がりだけで決まるものではない、ということ。そして、「愛する」とは、必ずしも「ずっとそばにいること」だけを意味するわけではない、ということです。

ときに、愛は「手放すこと」のかたちをとります。相手の幸せを心から願うからこそ、自分の寂しさをこらえて、その手を放す。誤解されることを承知のうえで、相手のために身を引く。それは、ただそばにいるよりも、ずっとずっと難しく、そして尊い愛の選び方なのかもしれません。

私は、みぃたんに何も伝えられないまま、彼女の前から去りました。でも、私が渡したバトンは、確かに次の人へと繋がっていきました。そして、あの子は、たくさんの愛を受け取って、まっすぐに育っていったのです。

一緒にいられた時間は、短かったかもしれない。けれど、私があの子に注いだ愛情は、決して消えることはありません。バトンは、今も、誰かの手の中で、温かく握られ続けているのですから。

みぃたんが大人になって、いつか自分も誰かを愛し、誰かを育てる立場になったとき。きっとあの子は、自分が受け取ってきた愛のバトンを、また次の世代へと渡していくのでしょう。そうやって、愛は人から人へと受け継がれ、決して途絶えることがない。それこそが、この物語がいちばん伝えたかったことなのだと、私は思っています。

みぃたんへ——いつか、これを読んでくれたなら

みぃたん。もしいつか、あなたがこの物語に出会って、私の本当の気持ちを知ってくれたなら。どうか、こう思ってほしいのです。「お母さんは、私を捨てたんじゃなかったんだ」と。

あなたの前から消えたのは、あなたを愛していなかったからではありません。むしろ逆です。誰よりも愛していたから、あなたの未来のために、私は身を引くことを選んだのです。それが、あのときの私にできる、精一杯の愛し方でした。

あなたが、たくさんの人に大切に育てられ、今、笑って生きているのなら。私の選択は、間違っていなかった。バトンは、ちゃんと渡った。それだけで、私はじゅうぶんに、幸せな母親です。本当に、本当に、ありがとう。

もしあなたが、誰かのために何かを諦めた経験があるなら。あるいは、大切な人と離れる選択をしたことがあるなら。きっとこの物語は、あなたの心にも、そっと寄り添ってくれるはずです。

「一緒にいること」だけが愛ではなく、相手の幸せを願って「手放すこと」もまた、ひとつの大きな愛のかたち——梨花という母の生き方が、私たちにそっと教えてくれます。

一緒にいられなくても、想いは届く。離れていても、愛は繋がっている。この物語を読み終えたあと、あなたの大切な人のことを、ふと思い浮かべてもらえたなら——梨花という母も、きっとどこかで微笑んでくれるはずです。

『そして、バトンは渡された』が、本屋大賞という多くの人に選ばれる賞を受賞し、映画にもなって愛され続けているのは、きっと、こうした「正解のない愛のかたち」を、押し付けがましくなく、そっと描いているからだと思います。誰が正しくて誰が間違っている、という単純な物語ではありません。みんなが少しずつ不器用で、それでも誰かを一生懸命に想っている。その温かさが、読む人の胸にじんわりと残るのです。

もしまだ原作や映画に触れたことがないなら、ぜひ一度、みぃたんの——そして私たち「親」たちの物語に出会ってみてください。そして音羽のオリジナル曲とあわせて味わっていただけたら、きっと、これまでとは少し違った景色が見えてくるはずです。


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