宮部みゆき『火車』新城喬子はなぜ、人の名前が必要だったのか——音羽が考えた、語らなかった女の話

物語の考察

ひとりの女を、六百ページかけて追いかける小説があります。

それなのに彼女は、最後まで一言もしゃべりません。

独白すらない。顔も、声も、読者には渡されない。

宮部みゆきさんの『火車(かしゃ)』です。今回は、その語らなかった女——新城喬子の側から書きます。

『火車』はどういう話か——あらすじ

一九九二年の作品です。山本周五郎賞を取っています。

読み方は「かしゃ」です。「かっしゃ」でも「ひぐるま」でもありません。私も最初、声に出すときに迷いました。

休職中の刑事・本間のところに、親戚の和也が相談に来ます。

婚約者が、突然いなくなった。

本間が調べはじめると、おかしなことが出てきます。

その婚約者——関根彰子という名前の女性は、過去に自己破産していました。

でも和也の知っている彼女は、そんな話を一度もしていない。

そして分かります。和也の婚約者は、関根彰子ではなかった。

別の女が、彰子の名前で生きていた。

その女の本当の名前が、新城喬子です。

ミステリーとして読むと、犯人当てではありません。

途中で、誰が何をしたかはだいたい見えてきます。

それでも読む手が止まらないのは、なぜその人がそうしたのかが、最後まで埋まらないからです。

社会派ミステリーと呼ばれますが、実際には一人の女の人生をたどる本だと思っています。

登場人物と読み方

  • 新城喬子(しんじょう きょうこ)——本作の中心にいる女。最後まで語らない
  • 関根彰子(せきね あきこ)——本物の彰子。名前を奪われた側
  • 本間俊介(ほんま しゅんすけ)——休職中の刑事。追う側
  • 和也——本間の親戚。婚約者が消えた男

この四人のうち、作中でちゃんと話すのは本間と和也だけです。女たちは二人とも、声を持っていません。

和也は、本間にとって遠い親戚です。

警察に相談するほどのことでもない。でも誰かに聞いてほしい。

そういう中途半端な始まり方をします。

この入り口の軽さが、あとで効いてきます。

軽い相談のつもりで引いた糸の先に、殺人と、消えた戸籍と、二人ぶんの人生がつながっていた。

新城喬子は、最後まで語らない

これがこの小説のいちばん変わったところです。

主人公のはずの女が、一度も出てきません。

出てくるのは、彼女が通った場所、彼女が残した書類、彼女を知っていた人たちの話。それだけです。

読者は、人づてに彼女を組み立てていくことになります。

だから読んでいるあいだ、こちらの頭の中で勝手に彼女の顔ができあがる。

そして最後に本物が現れたとき、その顔が合っているのかどうか、確かめさせてもらえません。

ちなみに、ドラマ化も映画化もされています。

ただ映像だと、どうしても彼女を映さないわけにいきません。

顔が見えた瞬間に、この小説の一番の仕掛けは消えます。

小説でしか成立しない終わり方だと思います。

古い机の上に積まれた戸籍や申込書のような事務書類
彼女が通ったあとに残っていたのは、名前の書かれた紙だけだった。

書類だけが残っている

本間が手がかりにするのは、ほとんど書類です。

住民票、戸籍の附票、破産の記録、クレジットの申込書。

読んでいると、この小説の本当の主人公は紙なんじゃないかと思えてきます。

人は逃げられても、紙は残る。

そして紙は、持ち主の事情を書いてくれません。いくら借りて、いつ返せなくなったか。それだけです。

喬子がどんな気持ちだったかは、どこにも記録されていない。

彼女が語らないのは、作者の演出というより、そもそも残らない種類のものだからだと思います。

始まりは、父の借金だった

喬子の人生が狂うきっかけは、本人のせいではありません。

父親が住宅ローンを返せなくなりました。

取り立てが厳しくなって、一家は離散します。

子どもだった喬子に、選べることは何もありませんでした。

そして、ここからが重い。

借金から逃げるというのは、名前から逃げるということです。

住所を変えても、仕事を変えても、名前が同じなら追いつかれる。

彼女は子どものころに、それを身をもって覚えてしまいました。

一家離散というのは、言葉で書くと一行です。

でも中身は、家を失って、学校を変えて、親と別れて、名前を知られていない場所へ行くことです。

それを子どものうちに経験した人が、大人になって同じ状況に立たされたとき。

「また逃げるのか」と思うはずです。

もう逃げたくない、と思ったときに出てきた答えが、別人になることだった。

順番としては、分からなくもない。認めるわけではありませんが。

隠すのではなく、人間を一人手に入れる

大人になってからも、喬子は借金から逃げられませんでした。

そして彼女がやったのは、過去を隠すことではありません。

別人の戸籍を、まるごと手に入れることでした。

関根彰子という、身寄りの少ない女性を選び、その人を殺して、名前を奪った。

ここが、この小説を他と分ける一点だと思います。

隠すだけなら、嘘をついて生きればいい。

でも借金社会では、それができません。名前が追いかけてくるからです。

生きるために、人間を一人、用意しなければならなかった。

楽曲は近日公開予定です
いま制作を進めています。できあがったら、この場所に動画を載せます。

戸籍を乗っ取るというのは、思っているより大変です。

住所を移して、保険証を作って、職歴を埋めて、知り合いに会わない場所で暮らす。

その全部を、何年もかけてやっています。

途中で一度もほころばせていません。

この執念は、幸せになりたいという気持ちとは少し違うものに見えます。

もっと切実な、ただ生きていたいという一点だけで動いている感じがします。

『ゼロの焦点』『砂の器』との違い

過去を消した人の話は、ほかにもあります。

『ゼロの焦点』の室田佐知子は、戦後の過去を隠しました。知っている人を消せば、終わるはずだった。

『砂の器』の和賀英良は、生まれを捨てました。名前も家族も置いて、別人として成功した。

この二人は、自分の意思で過去から離れています。

喬子は違います。

彼女は離れることを許されていません。借金は追いかけてくるので。

だから、逃げるためではなく、存在するために別人の名前が必要でした。

同じ「消した女」でも、必要だったものが違います。

もう一つ言うと、喬子は贅沢をしていません。

奪った名前で、普通の生活をしようとしています。

仕事をして、人を好きになって、結婚しようとした。

そこが救いがないところです。

大きなものを望んだわけではないのに、そのために人を殺さなければならなかった。

関根彰子という人

もうひとり、忘れてはいけない人がいます。

名前を取られた本物の関根彰子です。

この人も、作中で一度も生きて出てきません。

彼女自身も自己破産していました。つまり、同じように追い詰められていた人です。

追い詰められた女が、追い詰められた女を殺した。

そして殺した側が、殺した相手の名前で生きた。

この入れ子が、読んでいていちばんきつい部分です。

彰子も喬子も、同じ入口から落ちています。

借りる、返せない、また借りる。

違ったのは、落ちた先で何を選んだかだけです。

彰子は自己破産を選び、喬子は別人になることを選んだ。

どちらも正しくはありません。ただ、どちらも選ばされています。

和也が愛したのは、誰だったのか

婚約者の和也は、何も知りません。

彼が好きになった女性は、名前も経歴も他人のものでした。

では、彼が見ていたものは嘘だったのか。

私はそうは思いません。

名前は借り物でも、笑い方や、黙るタイミングや、ふとした優しさは、彼女のものだったはずです。

和也が好きになったのは、戸籍ではありません。

ただ、その事実が彼を救うかというと、たぶん救いません。

和也については、作中であまり深く書かれません。

それも意図的だと思います。

この人は、何も知らないまま巻き込まれた側です。

知らないまま終わらせてもらえるなら、そのほうが幸せだったかもしれません。

本間はなぜ、仕事でもないのに追ったのか

本間は休職中です。これは捜査ではありません。

足も悪くしている。報酬もない。途中でやめてもよかった。

それでも最後まで追いました。

捕まえたかったのか。

それとも、会って話を聞きたかったのか。

読んでいると、だんだん後者に見えてきます。

この人は、彼女を憎んでいません。

追いながら、少しずつ彼女を理解していってしまう。それがこの刑事の苦しいところです。

本間は刑事ですが、この小説では裁く側として描かれません。

むしろ、ずっと戸惑っています。

調べれば調べるほど、彼女を追い詰めたものの正体が見えてくる。

それは一人の悪人ではなく、金を貸す仕組みそのものでした。

捕まえても、その仕組みは残ります。

本間が最後まで晴れない顔をしているのは、それが分かっているからだと思います。

喫茶店の窓際の席にコートがかかり、テーブルにコーヒーカップが置かれている
誰も座っていない窓際の席。コートだけが椅子にかかっている。

ラスト——肩に手が置かれる、その直前

最後、本間はついに喬子を見つけます。

そして肩に手を置く。

そこで小説は終わります。

彼女が振り向いたのかどうかも、書かれていません。

何を言ったのかも、どんな顔をしたのかも分からない。

六百ページ追いかけて、最後の一行で突き放されます。

この終わり方に、物足りなさを感じる人もいます。

私も最初はそうでした。

ただ、もし彼女がここで語り出したら、どうなっていたか。

どんな言葉を置いても、たぶん薄くなります。

六百ページかけて積み上げたものが、数行で説明されてしまう。

だから書かなかったのは、作者の判断として正しいと思います。

振り向いたとき、彼女が本間を知らない顔をしたのか。

それとも、ずっと待っていたような顔をしたのか。

そこで印象はまるきり変わります。

でも、どちらにも取れるように終わっています。

彼女は何を言おうとしたのか

ここが、この記事でいちばん書きたかったところです。

読者はつい、謝罪か、言い訳か、開き直りか、のどれかを期待します。

でも私は、そのどれでもないと思っています。

喬子はたぶん、何も言わなかった。

理由は単純です。言う言葉を、この人は持っていないからです。

子どものころに家を失って、名前から逃げ続けて、人を一人殺してまで別人になった。

そこまでやった人が、自分の人生を要約できるでしょうか。

宮部みゆきさんが書かなかったのは、意地悪ではないと思います。

書いたら嘘になるから、書かなかった。

『白夜行』の雪穂も、最後まで自分を語りませんでした。

あちらは振り返らずに歩いて行き、こちらは肩に手を置かれたところで終わる。

どちらも、読者には渡されません。

語らない女を二人並べると、その無言の質がまるで違うのが分かります。

雪穂の沈黙は意思です。喬子の沈黙は、言葉を持っていないことだと思います。

『火車』というタイトルの意味——火の車と、地獄の車

火車というのは、生前に悪事を働いた人を乗せて、地獄へ運ぶ燃える車のことです。

仏教の言葉です。

この言葉は「ひのくるま」とも読みます。

そして「火の車」という言い方は、いまでも使います。家計が苦しいという意味で。

この二つが、同じ言葉から来ています。

借金で火の車になった人が、火車に乗せられて地獄へ行く。

タイトルだけで、この小説の全部が言い表されています。

うまい、というより、こわいです。

火の車、という言い方が日常に残っているのも、考えると変な話です。

地獄の乗り物を、家計の比喩として使っている。

昔の人は、金に追われることが地獄と地続きだと分かっていたんだと思います。

いま読むと、もっと怖い

一九九二年の作品です。クレジットカードが一気に広まった時期でした。

いまはもっと簡単に借りられます。スマホで数分です。

そして名前と個人情報は、当時よりずっと追いやすくなりました。

喬子のやり方は、いまならすぐ破綻するでしょう。

でも、追い詰められる速さは昔より上がっています。

借金が名前を追いかけてくる、という構造は何も変わっていません。

いまの日本でも、多重債務で生活が壊れる人は毎年います。

名前を変えることはできなくても、消えてしまう人はいます。

この小説が古びないのは、その部分が変わっていないからです。

曲に込めたこと

曲は、喬子の側から作りました。

ただ、言い訳を一行も入れていません。

この人は説明しない人なので。

名前を一度も出さない歌詞にしました。喬子とも彰子とも歌いません。

名前を奪った人の歌に名前を入れたら、台無しになると思ったので。

楽曲は近日公開予定です
完成したら、ここに動画を載せます。YouTubeチャンネルのほうでもお知らせします。

おわりに

読み終わったあと、しばらく本を閉じたまま座っていました。

犯人は分かっています。やったことも分かっている。

それなのに、何も終わった気がしません。

たぶん、彼女の声を一度も聞いていないからです。

人は、声を聞いた相手のことしか、ちゃんと裁けないのかもしれません。

最後にもうひとつ。

この小説を読んでいるあいだ、私はずっと彼女の顔を想像していました。

そして最後まで、確かめさせてもらえませんでした。

そのことが、読み終わってからもずっと残っています。

知らない人のことを、知った気になってはいけない。そう言われている気がします。

名前と過去をめぐる考察記事

音羽のブログでは、ほかにもこういう作品の考察を書いています。

  • 『白夜行』(東野圭吾)——雪穂は本当に冷たい女だったのか
  • 『ゼロの焦点』(松本清張)——室田佐知子はなぜ過去を隠したのか
  • 『砂の器』(松本清張)——和賀英良はなぜ恩人を殺したのか
  • 『黒革の手帖』(松本清張)——原口元子はなぜ戦ったのか
  • 『告白』(湊かなえ)——娘を殺した子どもたちに、母は何をしたか
  • 『流浪の月』(凪良ゆう)——更紗にとって、あの二か月は何だったのか
  • 『52ヘルツのクジラたち』(町田そのこ)——声を出しても、誰にも届かない
  • 『正体』(染井為人)——別人として生き続けた男が、最後に選んだこと
  • 『手紙』(東野圭吾)——直貴はなぜ、兄を捨てたのか

音羽(Otowa)について

小説や映画を読んで、頭から離れなくなったものを曲にしています。このブログの考察は、その曲の裏側です。

これまでに作った曲はYouTubeに置いています。ミステリーから絵本まで、いまのところ45本ほど。

▶ 物語考察MUSIC|音羽(YouTubeチャンネル)

チャンネル登録しておいてもらえると、新しい曲ができたときに届きます。よかったら。

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