湊かなえさんの『白ゆき姫殺人事件』の話をします。
読み終わったあと、気分が悪くなりました。
作品が悪いという意味じゃありません。
自分のことを言われている気がして、いやだったんです。
たぶん、そう感じる人は多いと思います。
以下は音羽の勝手な読み方です。正解を書くつもりはありません。
いちおう、本の枠だけ。
『白ゆき姫殺人事件』は2012年に出た湊かなえさんの長編です。
2014年には中村義洋監督で映画化されました。井上真央さん、綾野剛さん。
湊かなえさんといえば『告白』が有名ですが、こちらもかなり刺さります。
イヤミスと呼ばれるジャンルの代表作のひとつです。
読後感が悪い、という意味なんですが、それを狙って書かれている。
気持ちよく終わらせないのは、わざとです。
すっきりさせてしまうと、読者が安心して忘れるので。
もやもやを残すほうが、たぶん効きます。
※内容に触れています。未読の方はご注意ください。
どういう話か
化粧品会社の美人社員が殺されます。
遺体は、燃やされていました。
容疑がかかるのが、同じ会社の地味な女性社員です。
しかも、彼女は事件のあと姿を消している。
怪しい。誰でもそう思います。
そこにテレビのディレクターが飛びつきます。
関係者に話を聞いて回って、その内容をネットに流す。
あとは、ご存じのとおりです。
話の骨格だけ見れば、よくあるミステリです。
でも、この小説は事件そのものをあまり追いません。
追うのは、噂のほうです。
どうやって広まって、どうやって形が変わっていくか。
主役は事件じゃなくて、世間です。
だから、誰が犯人かはあまり重要じゃありません。
もちろん最後にわかりますが、そこが山場ではない。
本当の見どころは、人が人を犯人に仕立てていく過程のほうです。
▼ 城野美姫の想いを歌にしたオリジナル曲はこちら
この小説の作り
本文のほとんどが、関係者の証言でできています。
同僚、上司、同級生、家族。
ひとりずつ、記者の取材に答える形で語っていく。
で、読んでいくと気づくんです。
みんな、言っていることが微妙に違う。
しかも、誰も嘘をついているつもりがない。
ここがこの小説のうまいところです。
嘘つきが出てきて読者を騙す、という話ではないんです。
全員、正直に答えている。
それなのに、まとめると別の絵になる。
この作り方、けっこう発明だと思います。
誰も悪くないのに、間違った結論に着地する。
しかも読者も、途中までは同じ結論に向かいます。
わたしも、正直けっこう疑って読んでいました。
あとで、まんまと乗せられたことに気づく。
その体験まで含めて、この小説だと思います。
人は、自分に都合よく思い出す
証言のずれ方が、すごくリアルです。
自分が悪く見えるところは、さらっと流す。
相手の印象は、いまの結論に合わせて修正される。
殺人犯だと思って思い出すと、あの子は暗かった、になる。
普通の同僚だと思って思い出せば、おとなしい子だった、で終わる話です。
同じ出来事なのに、色が変わる。
自分の記憶も、たぶんこんなものだろうなと思いました。
人の印象って、あとから書き換えられます。
たとえば、久しぶりに会った人がすごく出世していたら。
昔から要領がよかったな、と思い出す。
逆に何かやらかしていたら、あのころから危うかった、になる。
結論が先で、記憶があとから合わせにいく。
この小説は、それを何人分も並べて見せてきます。
しかも、証言者たちに悪気はありません。
聞かれたから答えているだけ。
自分の言葉が何になるかまでは、考えていない。

「地味な女が、美人に嫉妬した」
この物語が、あっという間にできあがります。
わかりやすいからです。
美人と、地味な子。
嫉妬。
聞いた瞬間に納得できる形をしている。
そして、いったんこの形にはまると、あとの情報は全部それに合わせて読まれます。
本当は違う意味だった行動が、証拠として並べられていく。
怖いのは、誰も悪意でやっていないところです。
話がわかりやすいほど、疑われなくなります。
複雑な真実より、単純な作り話のほうが強い。
しかも、この形は昔からある物語なんですよね。
美しい人と、そうでない人。
嫉妬した側が悪いことをする。
童話でさんざん刷り込まれている型です。
だから、すっと入ってきてしまう。
物語の型は便利ですが、便利すぎるのが問題です。
現実の人を、その型に押し込んでしまう。
赤星というディレクター
この人が、いちばん現代的な登場人物だと思います。
スクープが欲しい。
数字が欲しい。
だから、話が面白くなる方向に持っていく。
嘘は書きません。
言われたことを、そのまま流すだけです。
でも、並べ方と切り取り方で、意味は簡単に変わる。
この人に殺意はありません。
それでも、人ひとりの人生を壊しています。
この人を悪役として書いていないのも、うまいところです。
よくいる、ちょっと軽い若手という感じ。
特別ひどい人じゃない。
仕事を一生懸命やった結果が、こうなっている。
まじめにやっていることが誰かを潰す、という構図です。
『鬼畜』の記事でも同じことを書きましたが、悪意より、こっちのほうがこわい。

ネットのほう
SNSで、あっという間に広がります。
名前が特定され、写真が出て、家族のことまで書かれる。
この描写が、まったく古びていません。
2012年の小説なのに、いま起きていることと同じです。
むしろ、いまのほうがひどいかもしれない。
しかも、参加している人たちは楽しんでいます。
正義のつもりでいる人もいる。
そこがいちばん、こたえるところです。
悪いやつを叩いている、と思っているあいだは、罪悪感がありません。
むしろ、いいことをしている気になる。
だから止まらないんですよね。
炎上って、たぶんそういう仕組みでできています。
自分が正しい側にいると思える快感。
あれを一度でも味わうと、けっこうくせになる気がします。
城野美姫という人
彼女は、特別な人ではありません。
目立たなくて、口下手で、少し思い込みが強い。
わたしの周りにも、たぶんいます。
この普通さが、この小説の肝だと思います。
もし派手な人だったら、読者は自分と切り離せた。
地味で普通だから、明日は自分かもしれないと思ってしまう。
しかも、彼女に落ち度がまったくないわけでもありません。
ちょっと不器用なところや、思い込みの強いところはある。
でも、それは罪じゃない。
世の中の全員が持っている程度のことです。
その程度の欠点が、証拠として使われてしまう。
そこがこわいんです。
沈黙してしまう理由
彼女は、うまく反論できません。
もともと、そういうのが得意な人じゃない。
しかも、何を言っても言い訳に聞こえる状況です。
黙っていれば認めたことになる。
しゃべれば、そこを切り取られる。
こうなると、もう詰んでいます。
話がうまい人しか助からない世界って、けっこうこわいです。
会見をして涙を見せれば、演技だと言われる。
冷静に話せば、反省していないと言われる。
どう振る舞っても正解がない。
実際の炎上でも、まったく同じことが起きています。
沈黙も、説明も、どちらも燃料になる。
燃えているあいだは、何をしても無駄なんだと思います。
真相のあと
最後に、犯人は別にいたことがわかります。
ここでは書きませんが、読めばわかります。
で、問題はそのあとです。
拡散した人たちは、どうなるか。
たぶん、何も起きません。
すみませんでした、で終わる人もいないと思います。
みんな、次の話題に移るだけです。
騒いだ側にはコストがなくて、騒がれた側にだけ残る。
この非対称が、いちばん腹立たしいところでした。
訂正は、届かない
デマが広がる速さと、訂正が広がる速さは全然違います。
最初の話は面白いから拡散される。
訂正は面白くないので、誰も広めない。
だから、間違いだとわかったあとも、間違ったほうだけが残ります。
検索したときに出てくるのは、最初の記事のほうだったりする。
本人が何年経っても、その状態で生きることになる。
この小説が2012年に、そこまで見えていたのはすごいと思います。
▼ 『白ゆき姫殺人事件』の世界を描いたオリジナル曲
タイトルのこと
白雪姫は、鏡が世界一美しいと答える話です。
比べる話なんですよね。
誰がいちばんきれいか、という。
この小説も、ずっと比べられています。
美人と地味。人気者と目立たない人。
比べる文化が、この事件を作ったとも言えます。
うまいタイトルだと思います。
あと、白雪姫は毒リンゴを食べさせられる話でもあります。
毒を渡したのは、誰だったか。
この物語で毒を渡していたのは、たぶん見物人全員です。
ひとりずつは、ほんの少しだけ。
でも集まると、人が倒れる量になる。
自分ひとりくらい、という感覚が、いちばんたちが悪い。
殺された人のことも
ここも書いておきたいところです。
三木典子という女性は、実際に殺されています。
噂の話ばかりしていると、そこを忘れそうになる。
この人にも人生があって、それが奪われました。
しかも、亡くなったあとで美化されたり、逆に叩かれたりする。
死んだ人も、勝手に語られる側になってしまう。
誰も、自分の物語を自分で語れていないんです。
この小説に出てくる人、ほとんど全員がそうです。
自分はどっち側か
読みながら、ずっと考えていました。
自分は、たぶん叩く側にはいません。
でも、見ている側にはいます。
タイムラインに流れてきたら、読んでしまう。
へえ、と思って、そのまま次に行く。
それって、加担していないと言えるんだろうか。
見ている人がいるから、記事は作られるので。
ここを突かれるので、この小説は後味が悪いんだと思います。
しかも、面白がって読んでいる自分に気づかされます。
この小説自体が、噂話の形で書かれているので。
関係者の話を次々に読んでいく行為が、そのままワイドショーを見ることと同じなんです。
気づいたとき、けっこうぞっとしました。
読者を共犯にする作りになっている。
湊かなえさん、こういうことをする人です。
曲に込めたこと
この物語をもとに作った曲は、城野美姫の視点で書きました。
叫ぶ歌にはしていません。
あの人は、大きな声を出せる人じゃないので。
言いたいことがあるのに、言葉にならない感じ。
そこを書きました。
メロディも、あまり動かしていません。
うまく言えない人の歌なので。
サビだけ、少しだけ強くしています。
心の中では叫んでいたはずなので。
あと、歌詞に人の名前を出していません。
名前が出た瞬間に、あの人の話になってしまうので。
誰の話としても聴けるようにしたかった。
もしよかったら、物語を思い出しながら聴いてみてください。
おわりに
この本は、読んで気持ちよくなる小説ではありません。
でも、読んでおいてよかったと思っています。
誰かが叩かれているのを見たとき、少し手が止まるようになったので。
本当かどうか、まだわからないよな、と。
それだけでも、意味はある気がします。
あと、湊かなえさんの作品では『告白』も記事にしています。
あちらは復讐の話ですが、根っこは同じだと思っています。
人が人をどう語るか、という話なので。
興味があれば、そちらも読んでみてください。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
音羽(Otowa)について
音羽は、小説や映画、童話を題材に、登場人物の心情を歌にしているチャンネルです。
あらすじをなぞるのではなく、その人が何を感じていたかを想像しながら、歌と文章で書いています。
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