2013年の映画『アバウト・タイム』の話をします。
タイムトラベルの映画です。
でも、派手なことは何も起きません。
世界も救いません。歴史も変えません。
この人が時間を巻き戻すのは、だいたい好きな人にうまく話しかけるためです。
今回は、メアリーの側から書きます。
ティムの妻になる人です。
そして、夫が時間を戻せることを、最後まで知らない人です。
※後半で結末に触れます。これから観る方はご注意ください。
どういう映画か
監督・脚本はリチャード・カーティス。『ラブ・アクチュアリー』や『ノッティングヒルの恋人』の人です。
主人公のティムは、21歳の誕生日に父から打ち明けられます。
この家の男は、時間を戻せる。
冗談かと思いますが、本当でした。
ティムはその力を、恋愛に使います。
そしてメアリーと出会い、結婚して、子どもが生まれて、父を見送ります。
それだけの話です。
それだけの話なのに、観終わったあとしばらく動けません。
あらすじ——何も起きない話です
どんな話なのか、先に流れだけ書いておきます。
ティムは21歳の誕生日に、父から一族の秘密を聞かされます。
この家の男は、自分が生きた過去に戻れる。
ティムは法律の勉強のためにロンドンへ出て、友人の家に居候します。
そこで、真っ暗なレストランでメアリーと知り合う。
何度かやり直しながら、付き合って、結婚して、子どもが生まれます。
一方で、父に癌が見つかります。
妹のキット・カットが事故を起こします。
そういうことが、順番に起きていくだけです。
悪人が一人も出てきません。
事件も、陰謀も、追いかけっこもない。
それでも二時間、まったく飽きません。
登場人物と読み方
| 名前 | 演じた人 | 立場 |
|---|---|---|
| ティム | ドーナル・グリーソン | 主人公。時間を戻せる |
| メアリー | レイチェル・マクアダムス | ティムが出会う女性。のちに妻 |
| 父 | ビル・ナイ | ティムに能力を教えた人 |
| キット・カット | リディア・ウィルソン | ティムの妹 |
| ポージー | —— | ティムとメアリーの娘 |
時間を戻すときの、決まりごと
この映画のタイムトラベルには、細かいルールがあります。ここを押さえておくと、後半の重みが変わります。
- 自分が生きた過去にしか戻れない——恐竜も見に行けないし、未来にも行けない
- 暗い場所で、拳を握って念じる——クローゼットの中など。装置もいりません
- 戻ってやり直すと、そのあとが全部変わる——良いほうにも、悪いほうにも
- 子どもが生まれたあと、その子の誕生より前には戻れない——戻ると、別の子になってしまう
最後のひとつが、この映画でいちばん重い決まりです。
実際ティムは、妹を助けようとして過去に戻り、帰ってきたら娘が別の子になっていました。
やり直すというのは、そういうことです。
前の子が「いなかったこと」になる。
メアリーは、何も知らない
ここが、この映画でずっと引っかかっているところです。
メアリーは、最後まで知りません。
夫が時間を戻せることも、自分たちの出会いが作り直されたものだということも。
何も知らないまま、ふつうに恋をして、ふつうに結婚します。
観ている側は、全部知っています。
だからときどき、彼女が気の毒になる。
でも本当に気の毒なんだろうか、というのが今回の記事です。

出会いは、二回あった
二人が出会うのは、真っ暗なレストランです。
顔が見えないまま話して、惹かれ合う。いい場面です。
ところがそのあと、ティムは別の用事で過去に戻ります。
そして帰ってくると、あの夜の出会いが、なくなっていました。
メアリーのほうには、ティムの記憶がありません。
会ったことがない人になっている。
ティムは、もう一度ゼロからやり直します。
別の場所で、別のきっかけで、また話しかける。
ここを「ずるい」と見るか、「必死だ」と見るかで、この映画の印象が変わります。
真っ暗なレストランという場所
二人が出会うのが、真っ暗な店だというのがうまいと思います。
顔が見えません。
見た目でも、服でも、持ち物でもなく、声と話し方だけで惹かれ合う。
ティムは、この時点ではまだ何もやり直していません。
つまり、素のままで好かれているということです。
そこが大事だと思っています。
このあとティムは何回もやり直しますが、最初のきっかけだけは作り物ではなかった。
出会いが一度消えて、やり直しになったときも、結局また惹かれ合います。
場所も、きっかけも違うのに。
この映画は、そこだけは変えませんでした。
知らされないまま、よくしてもらうということ
ティムは、メアリーのためにかなりの回数やり直します。
言い方を変える。タイミングを変える。失敗した夜を、なかったことにする。
その結果どうなるかというと、メアリーから見たティムは、やたらと察しのいい男です。
言わなくても分かってくれる。いつも言葉を間違えない。
そんな人、現実にはいません。
ここで考えてしまうんです。
これは、愛なんだろうか。
騙しているとも言えます。
でも、ティムがやり直すのは、いつも自分のためではありません。
彼女を傷つけてしまった言葉を、取り消すために戻る。
わたしは、これは愛だと思いました。
ただし、相手には絶対に伝わらない愛です。
感謝されることも、評価されることもない。
メアリーは「今日もいい一日だった」と思うだけです。
その裏で、何回やり直されたかを知らない。
妹・キット・カットのこと
ティムには妹がいます。キット・カットと呼ばれている人です。
明るい子ですが、相手の男がよくない。生活も荒れていきます。
そして、車の事故を起こします。
ティムは、当然のように過去へ戻ります。
妹が、あの男と出会う前に。
直せると思ったんです。
そして帰ってくると、娘が別の子になっていました。
女の子だったのが、男の子になっている。
ここが、この映画のいちばん冷たい場面だと思います。
ティムは、娘を取り戻すために、妹のやり直しを取り消します。
つまり、妹は事故を起こしたままです。
他人の人生は、やり直せない。
正確には、やり直すと、自分の大事なものが消える。
この場面があるから、最後の「使わない」という選択に重みが出ます。

父は、その力を何に使っていたのか
父のほうは、力の使い方がまったく違います。
派手なことには使いません。
金も、名声も、取りに行かない。
この人が選んだのは、同じ一日をもう一度ちゃんと生きることでした。
一回目は、仕事で頭がいっぱいで、何も見えていない一日。
二回目は、同じ道を歩いて、同じ人に会って、今度はちゃんと見る。
店員の顔が見える。空の色が見える。
力を持った人の答えが、これなんです。
わたしはここで一度、止まりました。
ティムがさんざん恋愛に使ったあと、父の使い方が出てくる順番がいい。
若い人は、まず手に入れることに使う。
父と息子の時間
この映画の本当の主役は、たぶん父です。
この人も同じ力を持っていて、使い方をよく知っています。
そして息子に言います。
一日を、二回生きなさい。
一回目は、ふつうに過ごす。緊張して、急いで、何も見ないで終わる一日。
二回目は、同じ日をもう一度、気づきながら生きる。
同じ一日なのに、見えるものがまったく違う。
この教えが、最後に効いてきます。
三人目の子どもという選択
父に、癌が見つかります。
そして亡くなります。
でもティムには力があるので、父が生きている過去へ、何度でも会いに行けます。
卓球をして、散歩をして、また帰ってくる。
死んだ人に会いに行ける。
これが、どれだけ残酷な設定かという話です。
メアリーが、三人目の子どもがほしいと言い出します。
ここでティムは気づきます。
三人目が生まれたら、その子の誕生より前には戻れない。
つまり、父にはもう二度と会えません。
父か、これから生まれる子か。
そして父は、息子が迷っていることに気づいています。

結末——ティムが最後にやめたこと
ここから結末に触れます。
ティムは、三人目を選びます。
その前に、もう一度だけ父に会いに行きます。
二人で、昔よく行った海辺を歩く。
そしてティムは戻ってきて、もう過去へは行かなくなります。
最後にティムがたどり着くのは、こういう結論です。
一日を二回生きなくていい。
一回でいい。そのかわり、一回目を二回目のように生きる。
力を使わない、という選択をして終わります。
タイムトラベルの映画なのに、最後は「使わない」で終わる。
これがいいんです。
メアリーから見たら、どういう結婚生活だったのか
ここを、もう一度考えてみます。
メアリーは何も知りません。
知らないまま、夫に大事にされて、子どもを三人育てて、義父を見送りました。
彼女の記憶の中には、やり直された失敗が一つも残っていません。
喧嘩した夜も、ひどいことを言われた日も、なかったことになっている。
それを「かわいそう」と言う人もいると思います。
わたしは、そうは思いませんでした。
結婚生活って、たぶん全員がやっていることです。
言いかけた言葉を飲み込む。言い方を変える。翌朝、何もなかったように朝ごはんを作る。
ティムがやったのは、それを文字通りやっただけです。
相手に知られない努力を、どれだけ続けられるか。
この映画は、タイムトラベルの皮をかぶった、その話だと思います。
なぜ、日常しか描かないのか
タイムトラベルものなのに、この映画は歴史に触れません。
戦争も止めないし、有名人にも会いに行かない。
やっているのは、告白のやり直しと、言いすぎた言葉の取り消しだけです。
これは、作り手が意図してやっていることだと思います。
大きいことをやり直せるようにすると、話が「力の物語」になるからです。
そうなると、何を守るかではなく、何ができるかの話になってしまう。
この映画が守りたかったのは、たぶん逆です。
何でもできる人が、何でもない一日を選ぶ。
そこまで持っていきたかったから、最初から大きいことを描かなかった。
二度目に観ると、父ばかり見てしまう
一度目は、ティムとメアリーの恋愛を観ます。
二度目は、だいたい父を観ることになります。
この人、最初から全部わかっているんです。
息子がいつか自分に会えなくなることも、それがどういう理由で来るかも。
そのうえで、何も言わずに卓球をしている。
一度目に軽く流した場面が、二度目には全部重くなる。
とくに、最後の散歩の場面です。
あれは父にとって、何度目かの最後だったはずです。
息子が来るたびに、毎回それを思っていた。
親になった人が観ると、たぶん別の映画になります。
タイトルの意味——About Time
原題は『About Time』です。
「時間について」という意味に見えます。実際そうでもあります。
でも、英語の about time には、もうひとつの使い方があります。
「やっとか」「いいかげんそうすべきだった」という意味です。
遅れてきた人に「About time!」と言えば、「やっと来たか」になります。
この二つをかけているんだと思います。
時間の話であり、同時に「いいかげん気づけよ」という話でもある。
ティムが最後にたどり着くのは、特別なことではありません。
今日をちゃんと生きる、というだけです。
力を持っていた人が、何年もかけて、そこに戻ってくる。
やっとか、という話なんです。
邦題の「愛おしい時間について」は、きれいですが少し優しすぎる気がしています。

もし自分に、この力があったら
観ながら、ずっと考えていました。
たぶんわたしは、言わなければよかった言葉を取り消しに行くと思います。
それも、たいした場面じゃないやつです。
何年も前の、どうでもいい一言。
でも、取り消したところで相手は覚えていません。
覚えているのは、こっちだけなので。
やり直したいことのほとんどは、自分のためのやり直しなんだと思います。
ティムがすごいのは、そこを抜けたことです。
最初は自分のために戻っていた人が、途中から相手のために戻るようになる。
そして最後に、戻らなくなる。
この順番が、この映画の全部だと思います。
この映画が合う人、合わない人
はっきり分かれる作品なので、書いておきます。
合わないかもしれない人
- SF的な整合性を気にする人——ルールはわりとゆるいです
- 展開が欲しい人——事件は起きません。日常だけです
- ティムのやり方をずるいと感じる人——そこが気になると最後まで引っかかります
刺さると思う人
- 親を見送った人、これから見送る人——後半が別の映画になります
- 結婚して何年か経った人——メアリーの側が見えてきます
- 何気ない一日を、うまく過ごせていないと感じている人
- 泣きたいけど、重い話は避けたい人
曲に込めたこと
この映画をもとに作った曲は、メアリーの視点で書きました。
ティムではなく、知らない側です。
彼女は何も知らないまま、幸せだったと思っています。
そしてたぶん、それでいいんです。
気づかれない努力は、気づかれないまま終わるのが正解なので。
だから悲しい曲にはしていません。
ふつうの一日を、ふつうに歌っています。
何度観ても心が穏やかになる——この映画のそういうところを、そのまま曲にしました。
おわりに
タイムトラベルができたら何をするか、という話はよくあります。
たいてい、歴史を変えるとか、買っておく株の話になる。
この映画の答えは、今日をもう一度ちゃんと生きるでした。
しかも最後には、それもやめます。
一回で足りるようになったからです。
観たあと、わたしは次の日の朝ごはんを、少しだけ丁寧に食べました。
それくらいの効き方をする映画です。
恋愛をめぐる考察記事
ほかにも、こういう作品の考察を書いています。
- 『花束みたいな恋をした』(坂元裕二)——好きなものが同じだった二人の、五年間
- 『汝、星のごとく』(凪良ゆう)——青埜櫂という男の恋愛論
- 『君の話』(三秋縋)——作られた記憶の中の初恋
- 『流浪の月』(凪良ゆう)——名前のつかない関係について
音羽(Otowa)について
音羽は、小説や映画、童話を題材に、登場人物の心情を歌にしているチャンネルです。
正解を出すつもりはありません。その人が何を感じていたかを想像しながら、歌と文章で書いています。

