『深い河』磯辺はなぜ、妻の生まれ変わりを探しに行ったのか——音羽が考えた、間に合わなかった男の旅

遠藤周作『深い河』考察|見えない岸へ 物語の考察

遠藤周作『深い河』は、1993年に出た小説です。遠藤周作が七十歳のとき。亡くなる三年前の、最後の長編でした。

舞台はインド。ガンジス河です。

ツアーバスに乗り合わせた日本人たちが、それぞれ別の理由を抱えて、同じ河を目指す。そういう話です。

この記事では、そのうちの一人——磯辺(いそべ)という男について考えます。

妻を癌で亡くした、どこにでもいる会社員です。派手なことは何もしません。神も信じていません。それなのに、インドまで行きます。

死ぬ間際に妻が言った、たった一言を頼りに。

※後半は結末に触れます。未読の方はご注意ください。

どういう話か——五人が、同じ河を目指す

インドへのツアーに、何人かの日本人が参加します。目的は、ひとりずつ違います。

  • 磯辺——妻を癌で亡くした元会社員。妻の生まれ変わりを探しに来た
  • 成瀬美津子——学生時代に一人の男を弄んで捨てた女。その男を探しに来た
  • 大津——美津子に捨てられた男。神父を目指したが教会に受け入れられず、いまはガンジス河のほとりで、行き倒れた人を背負って河まで運んでいる
  • 木口——インパール作戦の生き残り。戦友を弔いに来た
  • 沼田——童話作家。病気のとき、自分の身代わりのように死んだ九官鳥がいた。その恩を返しに、鳥を放しに来た

バラバラです。信じているものも、抱えているものも違う。

でも全員、同じ河にたどり着きます。

ガンジス河は、ヒンドゥー教徒にとって聖なる河です。遺灰を流し、死者を送る河。同時に、生活の水でもある。沐浴もすれば、洗濯もする。

聖なるものと、汚れたものが、同じところを流れている。

その河のことを、遠藤周作は「深い河」と呼びました。

登場人物の読み方

  • 磯辺(いそべ)——妻を亡くした元会社員
  • 成瀬美津子(なるせ みつこ)——大津を捨てた女
  • 大津(おおつ)——神父になれなかった男
  • 木口(きぐち)——インパール作戦の生還者
  • 沼田(ぬまた)——童話作家
  • 江波(えなみ)——ツアーガイド。インド哲学を専攻していた

「大津」は名字です。下の名前は出てきません。最後まで「大津」としか呼ばれない男です。

磯辺という男——妻がいることが、当たり前だった

病室の窓辺で、妻の手のそばに座る磯辺——遠藤周作『深い河』
言葉は、まだ間に合うはずだった

磯辺は、特別な人ではありません。

会社に勤めて、定年が近くなって、妻と二人で暮らしている。会話も多くはない。

妻は、いて当たり前の存在でした。だから、特に大事にしてきたわけでもない。

その妻が、癌だと分かります。

病室に通ううちに、磯辺は少しずつ気づいていきます。この人がいなくなるというのは、自分の一部がなくなることなんだ、と。

ここが、読んでいていちばん苦しいところです。

「失ってから分かる」という話はよくあります。でも磯辺の場合は、失いかけているあいだに、少しずつ分かっていくんです。

まだ生きている妻を前にして、自分がこの人を何も見ていなかったことに気づいていく。

それでも、言えません。

五十年近く言わずに来た人間が、いまさら「ありがとう」と言えるかというと、言えないんです。言おうとするたびに、照れとか、気まずさとか、どうでもいいものが邪魔をする。

そうしているうちに、時間が終わります。

「必ず生まれ変わるから、探して」

そして妻は、死ぬ間際にこう言い残します。

私は……必ず……生まれ変わるから、この世界のどこかに。探して……

うわ言でした。意識は、もうはっきりしていません。

普通なら、聞き流す言葉です。死にゆく人の、最後のうわごと。意味を求めるようなものじゃない。

でも磯辺は、それを捨てられませんでした。

捨てられなかった理由は、たぶん一つです。妻が最後に自分に向けた言葉が、それしかなかったから。

なぜ磯辺は、信じてもいないのに探しに行ったのか

ここが、この小説でいちばん面白いところだと思っています。

磯辺は、生まれ変わりを信じていません。

彼は会社員です。合理的な人間です。輪廻転生なんて、まともに取り合う話ではないと分かっている。

それでも、探しに行くんです。

妻の死後、磯辺は生まれ変わりの研究を調べはじめます。外国の大学が、前世の記憶を語る子どもの事例を集めていることを知る。その中に、インドの少女の話があった。

そして、ツアーに申し込みます。

信じていないのに、確かめずにいられない。

これは、信仰の話ではないと思います。取り返しのつかないことをしてしまった人間が、それでも何かせずにいられない、という話です。

妻が生きているあいだ、磯辺は何もしませんでした。愛していると言わなかった。ありがとうも言わなかった。

言う機会は、何十年もあったんです。

だから彼は、インドまで行くしかなかった。もう本人には届かないから、世界のどこかにいるかもしれない誰かを探す。そういう形でしか、埋め合わせができなかった。

妻は、なぜ「探して」と言ったのか

この言葉、いつも磯辺の側から読まれます。残された夫が、どう受け取ったか、という話として。

でも、言ったのは妻のほうです。

死にかけた人が、最後の力で絞り出した一言が「探して」でした。

なぜ、それだったのか。

「ありがとう」でも「幸せだった」でもありません。「あなたも元気で」でもない。「探して」です。これは、相手に何かを命じる言葉です。

私はここに、妻の最後の意地のようなものを感じます。

この人は、夫に見られていないことを知っていたはずです。五十年近く、いて当たり前の存在として扱われてきた。

だから最後に、こう言った。今度こそ、わたしを探せ。

うわ言ですから、そこまで計算して言ったわけではないでしょう。でも、うわ言だからこそ、いちばん底にあったものが出たんだと思います。

そして磯辺は、本当に探しに行きました。

インドまで行って、見つからなくて、河に向かって名前を呼んだ。

妻の最後の一言は、たぶん、効いたんです。

インドで、磯辺が探したもの

インドに着いてから、磯辺は一人で動きます。

ツアーの観光には興味がありません。寺院を見ても、仏跡を回っても、上の空です。

彼が探しているのは、一人の少女です。日本人の生まれ変わりだと言われている子ども。

でも、見つかりません。

当たり前です。インドは広い。情報もあいまいで、人づてで、たどりようがない。

磯辺はそれでも歩きます。妻の面影を、かくれんぼでもするみたいに探して歩く。

このあたりの磯辺は、はたから見れば滑稽です。いい年をした日本人の男が、言葉も通じない国で、いるかどうかも分からない子どもを探している。

でも、笑えません。

人は、取り返しがつかなくなったとき、こういうことをするんだと思います。

玉ねぎと呼ばれた神——大津のこと

同じツアーに、美津子という女がいます。そして彼女が探しているのが、大津という男です。

大津は、神父になろうとした人です。でも、うまくいきませんでした。

ヨーロッパの教会では、彼の考え方が受け入れられなかったからです。

大津は、神を一つだとは思っていません。キリスト教の神も、ヒンドゥー教の神も、仏教の仏も、どれも同じものの別の呼び方だと考えている。

教会にとって、それは異端です。

大津は、神のことを「玉ねぎ」と呼びます。

「神」という言葉を使うと、どうしても角が立つ。だから自分だけの言い方をする。皮をむいても、むいても、芯が出てこない。それでも確かにそこにある何か。

その大津が、最後にたどり着いたのがガンジス河でした。

彼はそこで、行き倒れた人の体を背負って、河まで運ぶ仕事をしています。誰にも引き取られない人を、一人ずつ背負って運ぶ。

衰弱した人を背負い、河へ向かう男の後ろ姿——遠藤周作『深い河』の大津
大津は、神父にはなれなかった

神父にはなれませんでした。でも大津は、たぶんいちばん神父らしいことをしています。

成瀬美津子——愛せない女が、河まで来た理由

美津子は、学生時代に大津を弄びました。

真面目で、信心深くて、冗談の通じない男。それが面白くて、面白半分に誘惑して、神を捨てさせて、そして捨てた。

ひどい話です。

その後、美津子は結婚して、離婚しています。ボランティアもやってみた。でも何も埋まらない。

彼女には、人を愛する感覚が分からないんです。

誰かを好きになるということが、ずっと理解できないまま生きてきた。だから人の役に立とうとしても、どこかで空回りする。

その美津子が、何年もたってから、大津を追ってインドへ行きます。

自分に欠けているものを、確かめに行ったんだと思います。

磯辺と美津子は、まるで違う人間です。年齢も、性別も、抱えているものも違う。

でも、やっていることは同じです。

二人とも、信じていないのに、確かめずにいられなかった。

木口と沼田——それぞれの、返せなかったもの

残りの二人にも触れておきます。

木口は、インパール作戦の生き残りです。ビルマの戦場から、わずかな人数で帰ってきた。そのとき、ある戦友に助けられています。

ただ、その戦友は、助けるために越えてはいけないことをしていました。帰国後、そのことを抱えたまま酒に逃げて、死んでいきます。

木口は、その男を弔いにインドへ来ます。

沼田は童話作家です。人間とうまく話せない人で、心を開けた相手が動物しかいませんでした。

大病で入院したとき、飼っていた九官鳥が死にます。沼田は、あの鳥が自分の代わりに死んだのだと思っている。

だから、インドで鳥を買って、空に放しに来ます。

五人とも、同じ形をしています。返せなかったものを抱えて、河まで来ている。

タイトル『深い河』は、どこから来たのか

このタイトルは、遠藤周作が考えた言葉ではありません。

アメリカの黒人霊歌「Deep River」から取られています。

深い河、わたしの家は、ヨルダンの向こう岸にある。
深い河よ、わたしは河を渡って、集いの地へ行きたい。

奴隷として連れてこられた人たちが歌った歌です。河の向こうに、安らげる場所がある。でも、いまはこちら側にいる。

渡りたいのに、渡れない。

この歌を、遠藤周作は自分の最後の小説のタイトルに選びました。

そう思って読むと、登場人物全員が、河の手前に立っていることに気づきます。

磯辺も、美津子も、木口も、沼田も、向こう岸には行けていない。ただ、河のそばまで来ただけです。

深い河とは何か——きれいなものも、汚れたものも

夜明けのガンジス河のガートで沐浴する人々——遠藤周作『深い河』
聖なるものと、汚れたものが、同じところを流れている

ガンジス河は、きれいな河ではありません。

遺体を焼いた灰が流れています。病気の人も入ります。その隣で洗濯をして、歯を磨いて、水を汲んでいる。

日本人の感覚では、受け入れがたい場所です。

でもヒンドゥー教徒にとっては、聖なる河です。ここで死ねば輪廻から解かれる。だから死にかけた人が、わざわざこの河のほとりまで運ばれてくる。

きれいなものも、汚れたものも、全部まとめて呑み込んで流れている。

遠藤周作が最後に書きたかったのは、この形だったんだと思います。

キリスト教の神は、正しい者と正しくない者を分けます。裁きがあるからです。

でもガンジス河は、分けません。

磯辺の未練も、美津子の空っぽさも、大津の行き場のなさも、木口の戦争も、全部そのまま呑み込んで流れていきます。

遠藤周作は『沈黙』で、黙っている神を書きました。『深い河』では、何も言わずに全部を受け取る河を書いた。

同じ人が、三十年かけてここまで来たんだと思うと、すこし震えます。

磯辺は、妻を見つけられたのか

夜明けのガンジス河のほとりに一人で立つ老人の後ろ姿——遠藤周作『深い河』の磯辺
名前を呼んでも、河は答えない

結論から書きます。

見つかりません。

生まれ変わりの少女には会えない。確かめることもできない。磯辺はインドまで来て、何の答えも得られませんでした。

最後、彼はガンジス河に向かって、妻に呼びかけます。

どこにいるんだ、と。

誰も答えません。河は、ただ流れているだけです。

ここで多くの人が「結局なんだったのか」と思うはずです。私も最初はそう思いました。

でも何度か考えて、見方が変わりました。

磯辺が本当に探していたのは、妻の生まれ変わりではなかったんじゃないか。

彼が探していたのは、「あの人は確かにいた」という手ごたえのほうです。

生きているあいだ、磯辺は妻をちゃんと見ていませんでした。いて当たり前だと思っていた。だから死んだあと、自分の中に妻の形がほとんど残っていないことに気づいてしまった。

それが怖かったんだと思います。

五十年近く一緒にいた人のことを、自分は何も知らないまま終わらせてしまった——そのことが。

生まれ変わりを探す旅は、そのための時間でした。妻のことだけを考え続けるための、何か月か。

インドまで行って、歩き回って、見つからなくて、河に向かって名前を呼ぶ。

その全部が、妻のことを本気で考えた時間です。生きているあいだ一度もしなかったことを、磯辺はやっと、死んだあとにやった。

見つからなかったけれど、無駄ではなかった。私はそう読みました。

結末——大津は、最後に何をして倒れたのか

ここから結末に触れます。

磯辺の旅は、答えが出ないまま終わります。でも小説そのものには、もう一つの終わりがあります。大津のほうです。

ツアーには、三條というカメラマンがいました。彼は、ガンジス河のほとりの火葬場で写真を撮ろうとします。

そこは、死者を送る場所です。見物ではありません。

現地の人たちが激怒し、三條は逃げます。

その場を収めようとして割って入ったのが、大津でした。

大津は殴られ、首の骨を折ります。

病院に運ばれますが、危篤です。

そこで小説は終わります。大津が助かったのか、死んだのか、書かれていません。

この最期の置き方が、見事だと思います。

大津は、行き倒れた人を背負って河まで運ぶ仕事をしていました。誰にも引き取られない人を、一人ずつ運んでいた。

その人が最後にしたのも、同じことです。他人のかわりに、間に入った。

しかも助けた相手は、日本人の観光客です。写真を撮るために、死者を送る場所を踏み荒らした男。

大津は、その男のために首を折りました。

神父にはなれませんでした。教会からは異端だと言われ、ヨーロッパでは行き場がなかった。

でも最後の数分でやったことは、たぶん、彼が信じていたものそのものです。相手が誰であるかを問わずに、間に入る。

そして美津子は、河のほとりでそれを知ります。

愛せない、何も信じられないと言い続けてきた人が、信じて生きた人の最期を見ることになる。

遠藤周作は、そこで筆を置きました。

1995年に映画にもなっています

『深い河』は、1995年6月24日に公開されています。監督は熊井啓。

出演は秋吉久美子、奥田瑛二、井川比佐志、香川京子、三船敏郎。

原作が出てから二年後の映画化です。遠藤周作は、まだ生きていました。

曲に込めたこと

この小説を読んだあと、一曲作りました。磯辺の視点です。

迷ったのは、どこで終わらせるかでした。

希望で終わらせることもできます。「きっとどこかで会える」と歌えば、聴きやすい曲にはなる。

でも、それは嘘になると思いました。磯辺は、見つけていないからです。

だから、見つからないまま終わる歌にしました。

河の前に立って、名前を呼んで、返事はない。それでも呼ぶのをやめられない。

これは、答えのない歌です。

でも、答えがないことと、意味がないことは、違うと思っています。

磯辺はインドまで行きました。言えなかった言葉を、何千キロも離れた河の前で、やっと口にした。届かないと分かっていても、言った。

その一回のために、彼はあそこまで行ったんです。

この小説が合う人、合わない人

正直に書きます。『深い河』は、全員におすすめできる本ではありません。

合わないかもしれない人

  • 話がどんどん進んでほしい人——事件も謎解きもありません。五人の事情が順番に語られていくだけです
  • 宗教の話に抵抗がある人——キリスト教とヒンドゥー教の話が、かなりの分量で出てきます
  • すっきり終わってほしい人——誰も答えを手に入れません

刺さると思う人

  • 身近な人を亡くしたことがある人——特に、言えなかった言葉がある人
  • 自分は人をちゃんと愛せていない、と思ったことがある人——美津子がそのまま出てきます
  • 『沈黙』を読んで、もやもやが残った人——あの続きが、ここにあります

私は、二番目の理由で引っかかりました。

磯辺のことを、他人事として読めなかったんです。

おわりに

『深い河』は、宗教の小説だと言われます。実際、そういう読み方もできます。

でも私は、もっと手前のところで読みました。

取り返しのつかないことをしてしまった人が、それでも何かせずにいられない。その話として。

磯辺は妻に何も言えませんでした。美津子は誰も愛せませんでした。大津は神父になれませんでした。木口は戦友を助けられませんでした。沼田は鳥に返せませんでした。

全員、失敗しています。

その全員が、同じ河のところまで来る。

遠藤周作は、この三年後に亡くなります。最後の長編で、彼はこの河を書きました。

正しい人を選ぶ神ではなく、失敗した人をそのまま呑み込んで流れていく河を。

いま、誰かに言えないままの言葉を抱えている人がいたら、この小説は刺さると思います。

磯辺は、間に合いませんでした。でも、インドまで行きました。

まだ間に合う人は、たぶん、インドまで行かなくていい。

もう一冊の遠藤周作——『沈黙』は、神が黙っている話です

『深い河』を読んだら、同じ遠藤周作の『沈黙』も並べて読んでほしいです。

『沈黙』は、江戸時代の日本に来た宣教師ロドリゴの話です。信者が目の前で殺されていくのに、神は何も言わない。だからあのタイトルです。

三十年以上あいだが空いていますが、問いは地続きだと思います。

『沈黙』では、神が黙っていました。『深い河』では、河が黙って全部を受け取ります。

同じ「何も言わないもの」なのに、受ける印象がまるで違う。黙っている神は人を見捨てているように見えますが、黙っている河は、なぜか受け入れているように見えます。

遠藤周作は、最後にそこまで行ったんだと思います。

そして『沈黙』にはキチジローという、何度も踏み絵を踏んで何度も戻ってくる弱い男が出てきます。彼と、愛せないまま河まで来た美津子は、同じところに立っています。

→ 『沈黙』弱い人間は救われないのか

音羽(Otowa)について

音羽は、小説や映画、童話を題材に、登場人物の心情を歌にしているチャンネルです。

あらすじをなぞるのではなく、その人が何を感じていたかを想像しながら、歌と文章で書いています。


▼ 『深い河』磯辺の視点で作ったオリジナル曲

弱さと尊厳をめぐる考察記事

「この人は、いていいのか」という問いを扱った作品を、ほかにも書いています。


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