貴志祐介さんの『黒い家』の話をします。
夏に読む本として、よく名前が挙がる一冊です。
ただ、涼しくなるタイプの怖さではありません。
読み終わったあと、しばらく人が信じられなくなる種類の怖さです。
わたしは昼間に読みました。それでもだめでした。
出てくるのは幽霊でも化け物でもありません。ただの人間です。隣に住んでいそうな。
そこがいちばん無理でした。
※以下、犯人と結末に触れます。
いちおう、本の枠だけ。
『黒い家』は1997年に出た貴志祐介さんの長編です。第4回日本ホラー小説大賞を受賞して、100万部を超えました。
貴志さんは、元・生命保険会社の社員です。だから保険の現場の描写が、やけに生々しい。
1999年には映画にもなっています。監督は森田芳光さん、幸子を演じたのは大竹しのぶさんです。
どういう話か
主人公は若槻慎二。昭和生命という保険会社の、京都支社で査定を担当しています。
査定というのは、保険金を払っていいかどうかを調べる仕事です。
ある日、契約者の菰田重徳に呼び出されて、家を訪ねます。
そこで若槻は、子どもの首吊り死体を見つけます。
和也という子です。幸子の連れ子で、保険をかけられていました。
第一発見者になってしまう。ここから、若槻の生活が崩れていきます。
登場人物と読み方
| 名前 | 読み方 | 立場 |
|---|---|---|
| 若槻慎二 | わかつき しんじ | 昭和生命の査定担当。主人公 |
| 菰田幸子 | こもだ さちこ | 重徳の妻。和也の母 |
| 菰田重徳 | こもだ しげのり | 幸子の夫。保険金を請求しに毎日来る |
| 和也 | かずや | 幸子の連れ子。首を吊って死んでいた |
| 黒沢恵 | くろさわ めぐみ | 若槻の恋人。大学に勤めている |
| 金石克己 | かねいし かつみ | 犯罪心理学の助教授 |
| 葛西好夫 | かさい よしお | 若槻の上司 |
| 高倉嘉子 | たかくら | 保険の外務員。幸子に脅され、若槻に不審な電話をかける |
| 三善茂 | みよし しげる | 契約を切る専門の男。元その筋の人 |
読み間違えやすいのは「菰田(こもだ)」です。「菰」の字を「こも」と読みます。
最初に疑われるのは、夫のほう
重徳は、毎日のように支社へ来ます。金を払え、と言いに来る。
しかも調べてみると、この人には前がありました。
「指狩り族」です。
自分の指をわざと落として、障害給付金を受け取る人たち。重徳は、その一人でした。
だから誰もが思います。やったのは重徳だ、と。
読んでいるこちらも、そう思います。
この誘導が、うまいんです。

菰田幸子という人
幸子は、前に出てきません。
夫の後ろにいて、ほとんど喋らない。
小学校の担任も「あまりよく覚えていない」と言うくらい、目立たない子どもだったそうです。
この印象に残らなさが、この人の武器でした。
誰も見ていないから、誰も警戒しない。
和也のこと
この小説で、いちばん書かれていないのが和也です。
幸子の連れ子で、保険をかけられていて、首を吊って死んでいた。それだけです。
どんな子だったのか、ほとんど出てきません。
何が好きだったのか。学校でどうしていたのか。誰かに話したことはあったのか。
全部、書かれない。
最初は、作りが雑なのかと思いました。でも違うと思います。
和也のことを、誰も見ていなかったからです。
母親は金額として見ていた。義父は請求書として見ていた。学校も、たぶん気づいていない。
誰も見ていない子は、物語の中でも書かれようがない。
あの家の中で、あの子がどんな顔で過ごしていたのかを考えると、いまでも落ち着かなくなります。
命が、金額に見えている
行動だけを見れば、幸子は人の命や身体を、保険金を得る手段として扱っています。
わたしには、そこにためらいが見えませんでした。
通帳の残高を見るのと、同じ目をしているように思えます。
だから、迷いがない。
殺すかどうかで揺れる場面が、この人には一度もありません。
ATMでお金をおろすのに、良心が痛む人はいません。それと同じことを、人に対してやっている。
夫の両腕にも、金額がついていました。
重徳は、肘から先を切り落とされた状態で見つかります。
幸子は、工場の事故だと言いました。でも医者が、それはおかしいと言う。
自分の夫の腕が、いくらになるか。たぶん、そこを計算していました。
人の体を、部位ごとに見ている人です。
重徳は、何だったのか
重徳も、まともではありません。
自分の指を落として金を取っていた人です。普通ではない。
でも、幸子とは種類が違うと思いました。
重徳は、欲しがります。わめきます。毎日支社に来て、金を払えと言う。
うるさいんです。
うるさい人は、分かりやすい。何が欲しいかを言ってくれるので。
幸子は、言いません。
後ろに座って、黙っている。
そして最後に、重徳は両腕を失います。
自分の指を金に換えてきた人が、自分の腕を妻に金に換えられる。
この順番は、よくできていると思いました。
この人も、幸子にとっては財布のひとつだった、ということです。
夫婦というより、口座に近い。
涙は、道具だった
幸子は泣きます。よく泣く。
でも、悲しいから泣いているわけではありません。
泣けば相手が油断する。泣けば自分が被害者に見える。だから泣く。
演技というより、機能だと思います。スイッチみたいなもので。
いちばんぞっとするのは、泣きやむのが早いところです。
用が済んだら、止まる。
涙に意味があると思っているのは、見ているこちらだけでした。

「わたしは間違っていない」
この人が、自分が悪いと思っている場面は出てきません。
欲しいものは取る。取れないほうが弱い。
——これは、わたしが行動から想像した幸子のルールです。本人がそう語る場面があるわけではありません。
ただ、そう考えないと説明がつかない行動ばかりなのです。
しかも、そのルールを疑ったことがない。
説得が通じないのは、言葉が足りないからではありません。
前提が違うからです。
同じ日本語を話しているのに、話が通じない。
あの感じが、この小説のいちばんこわいところだと思っています。
悪人なら、まだ交渉できます。悪いと分かっているので。
この人とは、交渉が成立しません。
幸子は、どこから来たのか
この人がどうしてこうなったのか、小説は一つの理由にまとめてくれません。
子ども時代の話は出てきます。若槻は、夫妻の同級生や小学校の担任を訪ね歩きます。重徳が書いた作文も、人物像を考える手がかりになります。
それでも、過去を知れば幸子が理解できる、という形にはなっていません。
ふつうの物語なら、理由を用意します。かわいそうな過去があって、だからこうなった、と。
この小説は、それをやりません。
だから、余計に怖い。
理由があれば、まだ安心できます。自分とは違う、と思えるので。
理由がないと、線が引けません。
どこかにいるかもしれない、という話になってしまう。
小学校の担任が「あまりよく覚えていない」と言う場面が、わたしは忘れられません。
覚えられてもいなかった、ということです。
目立たなかった人が、こうなった。
そこがいちばん、落ち着かないところです。
金石が殺された意味
若槻は、大学の金石という人に相談します。犯罪心理学の助教授です。
金石は、犯罪心理学の知識で夫妻を分析し、二人をサイコパスと見立てます。そして若槻に、関わるなと忠告する。
ただ、金石自身も相手に強い関心を持ってしまいます。尾行までする。理解したいという気持ちが、そのまま危険へ近づく足になっていたように見えます。
その金石が、監禁されて殺されます。
ここ、構造としてかなりいじわるだと思います。
いちばん分かっていた人が、先に死ぬ。
名前をつけても、助かりません。
「サイコパス」という言葉は、説明にはなるけれど、盾にはならないんです。
三善という男のこと
会社は、三善という人を投入します。契約を切る専門の、元その筋の人です。
怖いもの知らずの人。
三善は、幸子が主犯だと見抜きます。
そして、数日後に殺されます。
若槻が菰田家に入ったとき、そこにはバラバラになった三善がいました。
暴力に慣れた人でも、勝てない。
これも同じ形です。手札を一枚ずつ潰されていく。
警察も、専門家も、腕っぷしも、全部効かない。
そうやって扉を閉めていって、最後に残るのは、ただの会社員ひとりです。
若槻は、なぜ逃げなかったのか
読んでいる途中、何度も思いました。
もう関わらなければいいのに、と。
会社を辞めてもいい。京都を離れてもいい。
でも、若槻は降りません。
自分が第一発見者になってしまった、という引っかかりはあると思います。
ただ、それだけでもない気がしています。
若槻には、兄の死を自殺だと思い続けてきた過去があります。幸子は、最初の電話でそこを突いてきます。
目の前の相手を放っておけないのは、仕事の責任だけではなかったのだと思います。
それでも、この人がやっていることは、仕事です。
払っていい金か、払ってはいけない金かを調べる。それが査定の仕事です。
その当たり前をやっていたら、いつの間にか命が懸かっていた。
ヒーローではありません。
途中で逃げたくなるし、怖がるし、何度も間違えます。
だから読んでいて苦しい。自分だったらどこで降りるだろう、と考えてしまうので。

結末——幸子は、最後にどうなるのか
ここから結末に触れます。
恵が監禁され、若槻がなんとか助け出します。警察が来て、幸子は逃げます。
恵は深く傷つき、しばらく実家で過ごすことになります。
それから三週間ほど経って、若槻は会社に呼び出されます。幸子の罠でした。
幸子は、警備員を殺して、電話線を切っています。
誰も来ません。
若槻は片腕に重傷を負いながら、消火器で幸子を殺します。
勝ちます。
でも、勝ったという感じがしません。
恵には深い傷が残りました。金石も三善も、和也も戻りません。
幸子を倒しても、すべてが元どおりになるわけではありませんでした。
ただ、恵は壊れたままではありません。最後には親と決別して、若槻との関係を続けることを自分で選びます。そこだけは、救いだと思いました。
いちばん怖いのは、最後の数行
若槻は職場に復帰します。
ふつうなら、ここで終わりです。
でも、終わりません。
最後に、新たな危険を感じさせる客が窓口に現れます。幸子より力の強そうな大男です。
つまり、こういうことです。
幸子は、特別な一人ではなかった。
保険という仕組みがあるかぎり、ああいう人は何度でも窓口に来る。
倒したのではなく、一人分をやり過ごしただけだった。
あの数行で、背中が冷えました。
タイトルの意味——あの家は、何だったのか
『黒い家』というタイトルは、菰田の家のことです。
古くて、暗くて、においのある家。
でも、ただの建物の話ではないと思っています。
あの家は、幸子の頭の中とおなじ形をしています。
中に入ると、外の理屈が効かなくなる。法律も、常識も、同情も、玄関で止まる。
若槻が家に入っていく場面が、この小説のいちばん長い山場です。
穴があって、死体があって、恵が閉じ込められている。一歩ずつ奥へ行く。
あれは、幸子の中に入っていく場面でもあると思います。
そして、ほんとうに怖いのはそのあとです。
幸子は、家から出てきます。
家に閉じ込められている怪物なら、近づかなければいい。
この人は、出てくる。会社まで来るし、電話もかけてくる。
黒い家は、場所ではなくて、持ち歩けるものでした。

なぜ、お化けより怖いのか
幽霊は、理屈が通じないから怖いです。
でも幽霊は、たいてい決まった場所にいます。
幸子は、来ます。
電話をかけてくる。猫を殺す。恋人をさらう。会社まで来る。
この小説の恐怖は、電話や仕事といった日常の経路から入ってきます。
日常の側から、ふつうの手段で入ってくる。
しかも、法律も道徳も効きません。
この小説が怖いのは、逃げ場の消し方が設計されているからだと思います。
助けを呼ぶ先が、一つずつ減っていく。
ホラーなのに、幽霊がいない。幽霊がいないほうが、逃げ道がないんです。
保険という仕組みのこと
この小説を読んで、保険が少しこわくなりました。
保険は、人が死んだら金が出る仕組みです。
まともな人にとっては、残された家族を守るためのものです。
でも幸子のような人にとっては、人を金に換える装置でしかない。
同じ制度が、見る人によって意味が変わる。
家族を守るための保険が、人を傷つけて金を得る手段に使われてしまう。
同じ仕組みが、使う人によって逆の働きをしてしまう。
1990年代は、保険金目当ての事件が実際に続いた時期でした。
この小説が読まれた理由と結びつけるのは、わたしの想像にすぎません。
ただ、読みながら、どこかで聞いた話だという感じはありました。
作者の貴志祐介さんが、元・保険会社の社員だというのも大きい。
査定の手順も、社内の空気も、支払いを渋るときの言い回しも、全部ほんとうらしい。
あのリアルさがあるから、幸子だけが浮いて見えます。
1999年の映画版——大竹しのぶの幸子
1999年に映画になっています。監督は森田芳光さん。幸子は大竹しのぶさんです。
原作と違うところを、いくつか。
- 舞台が京都ではなく、北陸(金沢)になっています
- 幸子がボウリングをする場面があります。原作にはありません
- 幸子が黄色にこだわる描写も、映画のものです
あの大竹しのぶさんを一度観ると、小説の幸子の顔が、その人になります。それくらい強い。
ただ、原作の幸子は、映画版のように活動的な人ではありません。
埴輪を思わせる顔つき、ぼそぼそした話し方、身だしなみに構わないところ。派手ではないけれど、会話の噛み合わなさには、早くから不穏なものがあります。
その気味の悪さは、文字のほうが出ていると思います。
もう一度読むと、幸子がずっといる
二度目に読むと、まったく違って見えます。
一度目は、重徳を見ています。うるさいので。
二度目は、幸子を探しながら読むことになります。
そうすると、気づきます。
この人、ずっといるんです。
後ろに座っている。お茶を出している。黙って聞いている。
一度目には、風景だと思って読み飛ばしていました。
その風景が、全部動いていたことになります。
ここが、この小説のいちばんうまいところだと思っています。
作者は隠していません。ちゃんと出している。
でも、読者が見ない。
目立たない人を見ない、という癖を、そのまま利用されています。
和也が書かれないのと、同じ仕組みです。
見られていない人がいる、という話を、読者に体験させてくる。
この小説が合う人、合わない人
はっきり分かれる本なので、書いておきます。
やめておいたほうがいい人
- 気分が落ちているとき——引きずられます
- グロテスクな描写が苦手な人——かなり具体的に書かれています
- 救いがほしい人——助かりますが、救われません
- 動物が傷つく話が無理な人——出てきます
刺さると思う人
- 話が通じない人に会ったことがある人——あの感じが、そのまま出てきます
- お化けより人間のほうが怖いと思っている人
- 仕事の現場の描写が好きな人——保険の査定という仕事が、ものすごく細かく書かれています
- 一気に読みたい人——止まりません
曲に込めたこと
曲は「命の値段」といいます。
幸子の視点で書きました。
後悔の歌にはしていません。あの人は、後悔しないので。
言い訳も入れていません。
入れたのは、計算の音です。
歌詞に置いた言葉を、いくつか。
- 命は数字よ
- 人は死ぬだけでお金に変わる
- 涙はただの水
- 泣くふりは出来るのよ
- わたしは間違ってない
- 正しさは外に置いてきた
- 世界が弱いだけ
並べてみて気づいたのですが、全部、言い切りです。
迷っている言葉が、ひとつもありません。
メロディも、おどろおどろしくしていません。
いかにも怖い曲にすると、「わかりやすい悪人」になってしまうので。
普通の顔で、普通の声で歌っています。そのほうが、たぶんこわい。
最後に「だれが狂っているの」と問いかけて終わります。
この一行だけは、聴いている人に向けたつもりです。
タイトルの「命の値段」は、そのままの意味です。
値段がついているのは、幸子が殺した人たちだけではありません。
あの人は、たぶん自分にも値段をつけています。
おわりに
『黒い家』は、読む人を選びます。
気分がいいときに読んでください。本当に。
ただ、一度読むと忘れられません。
わたしがいちばん覚えているのは、最後まで幸子の顔が浮かばなかったことです。
あれだけのことをするのに、姿がぼやけている。
たぶん、そこが本体なんだと思います。
怖い人は、怖そうな顔をしていません。
人のこわさをめぐる考察記事
ほかにも、こういう作品の考察を書いています。
- 『殺人の門』(東野圭吾)——倉持修も、話が通じない人でした
- 『方舟』(夕木春央)——あの犯人も、何日間かを平然と過ごしています
- 『告白』(湊かなえ)——森口悠子が選んだ復讐のかたち
- 『虚ろな十字架』(東野圭吾)——反省しない人間を、どう裁くのか
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音羽は、小説や映画、童話を題材に、登場人物の心情を歌にしているチャンネルです。
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