『虚ろな十字架』死刑は誰を救うのか——音羽が考えた、浜岡小夜子が書き続けた理由

物語の考察

東野圭吾さんの『虚ろな十字架』の話をします。

読み終わったあと、何日か引きずりました。

答えが出ない話なので。

今回は、浜岡小夜子という人のことを書きます。

娘を殺された母親です。

あくまで音羽の勝手な読み方です。正解を書くつもりはありません。

それと、この記事では死刑制度そのものに賛成も反対もしません。

わたしに、そこまでのことは言えないので。

※結末に触れます。未読の方はご注意ください。

いちおう、本の枠だけ。

『虚ろな十字架』は2014年に出た東野圭吾さんの長編です。

2023年には小林薫さん、木村多江さんでドラマにもなりました。

東野圭吾さんの作品の中では、かなり社会派に寄った一冊です。

トリックで驚かせる本ではありません。

読者に考えさせるために書かれた小説だと思います。

東野圭吾さんは、こういう本をときどき書きます。

『手紙』では加害者の家族を、『白鳥とコウモリ』では両方の家族を書いていました。

この考察ブログでも、その二冊は記事にしています。

罪のあと、人がどう生きるか。

この人はずっと、そこを見ている気がします。

どういう話か

ある夫婦に、娘がいました。

愛美という女の子です。

その子が、空き巣に入った男に殺されます。

八歳でした。

夫婦は、犯人の死刑を求めます。

そして、実際に死刑判決が出る。

普通の物語なら、ここで終わりです。

でも、この小説はここから始まります。

しかも犯人には、前科がありました。

一度罪を犯して、刑期を務めて、出てきて、また人を殺している。

ここが、この物語のいちばん重いところです。

刑罰が、何の役にも立っていない。

あのとき、ちゃんと更生していれば愛美は死ななかった。

遺族からすれば、そう思うのは当然です。

更生って、言葉としてはきれいです。

でも、誰がそれを確認するのか。

本人が反省しましたと言えば、それで通ってしまう部分もある。

この小説は、その曖昧さを突いてきます。


▼ 小夜子の想いを歌にしたオリジナル曲はこちら


死刑になっても、戻らない

犯人が死刑になったあと、夫婦は離婚します。

理由は、たぶんひとつじゃありません。

ただ、お互いを見ていると娘を思い出す。

顔を合わせるのがつらい。

目的が終わってしまった、というのも大きいと思います。

死刑にする、という一点で、二人はつながっていました。

それが達成された瞬間に、つなぐものがなくなった。

切ないです。

同じ悲しみを持っている人と、一緒にいられないことがある。

外から見れば、支え合えばいいのにと思います。

でも、片方が泣いていると、もう片方も崩れる。

だから、離れるしかなかった。

悲しみって、分け合えば軽くなるとは限らないんだと思います。

小夜子が書きはじめる

離婚したあと、小夜子はフリーライターになります。

そして、死刑について書きはじめる。

取材して、原稿を書いて、発表する。

わたしは、これを執念とは呼びたくないんです。

あの人は、たぶん続けるしかなかった。

やめてしまったら、娘のことを考える時間だけが残るので。

動き続けることでしか、立っていられない人っています。

仕事にのめり込むのも、同じ理屈だと思います。

忙しくしていれば、考えなくて済む。

健康的ではありません。

でも、そうやって何年かをやり過ごす人はたくさんいます。

小夜子の取材も、半分はそれだった気がします。

残りの半分は、たぶん本気の使命感でした。

その二つは、たいてい混ざっています。

死刑は無力だ、という言葉

作中に、こういう考え方が出てきます。

死刑は無力だ、と。

でも、意味が普通とちょっと違います。

死刑になっても、被害者は戻らない。

遺族の苦しみも消えない。

その意味では、たしかに無力です。

ただ、だから廃止すべきだという話にはなりません。

無力でも、必要なものはある。

小夜子の立場は、そういう場所にあった気がします。

無力だから要らない、というのは乱暴な話です。

薬を飲んでも病気が消えないとき、薬が無意味だとは言わない。

それに近い気がします。

ただ、それで救われるかというと、別の問題です。

制度は、社会のためにあるものです。

個人の心を救うようには作られていない。

そこを期待すると、必ず足りなくなる。

反省しない加害者

この小説がえぐいのは、ここです。

刑務所に入っても、反省しない人がいる。

形だけ謝って、出てきて、また同じことをする。

刑期を務めることと、反省することは別なんです。

タイトルの十字架は、そのことを言っています。

背負っているように見えて、中身が空っぽ。

だから、虚ろな十字架。

刑務所に入っている人が、全員反省しているわけじゃない。

当たり前といえば当たり前ですが、普段は考えません。

入ったなら反省しているだろう、と思ってしまう。

でも、ただ時間が過ぎるのを待っている人もいる。

出所したら、また同じことをする人もいる。

この事実を突きつけられると、刑罰って何なんだろうと思います。

罰は、外から与えられます。

反省は、内側からしか出てこない。

その二つは、つながっているようで別物です。

逆のパターンもある

一方で、罰を受けていないのに、ずっと苦しんでいる人も出てきます。

罪が明るみに出ないまま、何十年も生きてきた人。

その人は、自分なりのやり方で償おうとしています。

人の役に立つ仕事を選んで、真面目に生きている。

罰を受けた人が反省せず、罰を受けていない人が苦しんでいる。

この逆転が、この小説の芯だと思います。

しかも、この人は誰にも言えません。

言えば、いまの生活が全部なくなる。

だから黙って、ひとりで背負い続けている。

誰にも見えない十字架です。

こっちのほうは、たぶん虚ろではない。

とはいえ、本人が苦しんでいることと、被害を受けた側が納得することは、まったく別です。

苦しんでいるからいい、という話にはなりません。

でも、そこは割り切れない

ただ、わたしはここで引っかかります。

立派に生きているから、罪が消えるわけではありません。

その人が救ったいくつもの命と、奪った命は、交換できないので。

作中の人物も、そこを問われます。

償いのつもりで生きることと、罪を清算することは違う。

東野圭吾さんは、そこを逃げずに書いていると思います。

立派に生きれば許される、という話にしてしまうと楽です。

でも、それだと被害者の側が置き去りになります。

償いは、加害者のためのものになりがちなんですよね。

自分が楽になるために謝る。

そこを見抜かれると、何も言えなくなります。


▼ 『虚ろな十字架』の世界を描いたオリジナル曲


小夜子が殺される

物語の途中で、小夜子自身が殺されます。

娘を殺された母親が、今度は自分も殺される。

しかも、彼女が書こうとしていたことが原因でした。

隠したい過去を持つ誰かにとって、彼女は邪魔だった。

この展開は、読んでいてつらかったです。

あの人は、最後まで報われません。

娘も戻らず、自分も殺される。

それでも、彼女が残した原稿は残ります。

人がいなくなっても、書いたものは残る。

そこだけが、わずかな救いだと思いました。

書くという行為には、そういう性質があります。

歌も、たぶん同じだと思っています。

作った人がいなくなっても、鳴り続けるので。

それでも、書いていた

わたしがいちばん考えたのは、そこです。

小夜子は、なぜ書き続けたのか。

自分のためだけなら、途中でやめられたはずです。

たぶん、ほかの遺族のためでもあったんだと思います。

自分と同じ目に遭う人を、ひとりでも減らしたかった。

娘の死を、意味のあるものにしたかった。

本当は、意味なんてないはずなのに。

それでも探してしまう。

意味のない死を、意味のない死のまま置いておけない。

それは弱さじゃなくて、人が生きるための仕組みなんだと思います。

何かの役に立ったと思えないと、前に進めない。

小夜子は、それを自分の手でやろうとした人でした。

遺族が求めるもの

遺族は死刑を望むもの、と思われがちです。

でも、実際はもっと複雑だと思います。

本当に欲しいのは、たぶん相手の命じゃない。

なぜ殺したのか、ちゃんと答えてほしい。

本気で悔やんでほしい。

でも、それは強制できません。

心の中までは、判決で決められないので。

だから、どんな判決が出ても足りない感じが残る。

元夫のこと

元夫の中原も、忘れられない人です。

この人は、小夜子とは逆の方向に進みます。

思い出さないようにして、日常を取り戻そうとした。

ペットショップで働いて、普通に暮らしている。

逃げているように見えるかもしれません。

でも、あれも生き延びる方法のひとつです。

向き合う人と、距離を置く人。

どちらが正しいという話ではないと思います。

そして、小夜子の死をきっかけに、彼はもう一度動きはじめます。

結局、逃げ切れなかった。

曲に込めたこと

この物語をもとに作った曲は、小夜子の視点で書きました。

裁判のことも、制度のことも入れていません。

書いたのは、判決が出たあとの静けさです。

望んだ結果が出たのに、何も変わらなかった朝。

あそこが、あの人にとっていちばん長い時間だったと思うので。

判決の日は、たぶん終わりの日じゃありません。

世間にとっては区切りですが、遺族にとっては続きです。

報道が終わって、周りが日常に戻って、そこからがひとりになる。

メロディも、静かなままにしています。

怒りの歌にはしませんでした。

怒りは、最初の何ヶ月かで燃え尽きるものだと思うので。

おわりに

この本は、答えをくれません。

死刑に賛成とも反対とも書いていない。

どちらの側にも、うなずける言い分が置いてあります。

読者は、自分で考えるしかない。

しんどい読書ですが、たぶんそれが正しい形です。

簡単に答えが出る話なら、こんなに議論になっていないので。

日本では、裁判員裁判もあります。

普通に暮らしている人が、人の生死を決める側に呼ばれることがある。

もし自分がその席に座ったら、と考えると、この小説は他人事になりません。

読んでおいて損はない一冊だと思います。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

音羽(Otowa)について

音羽は、小説や映画、童話を題材に、登場人物の心情を歌にしているチャンネルです。

あらすじをなぞるのではなく、その人が何を感じていたかを想像しながら、歌と文章で書いています。


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