『おおきな木』あれは本当に幸せだったのか——音羽が引っかかっている一行の話

物語の考察

『おおきな木』の話をします。

シェル・シルヴァスタインの絵本です。

原題は The Giving Tree。与える木、という意味。

短い本です。文字も少ない。十分もあれば読めます。

なのに、読み終わったあと、しばらく黙ってしまう。

しかも、読む人によって感想がまったく違う。

こんな絵本、そんなにないと思います。

以下は音羽の勝手な読み方です。正解を書くつもりはありません。

いちおう、本の枠だけ。

『おおきな木』は1964年にアメリカで出た絵本です。作者はシェル・シルヴァスタイン。

日本では長らく本田錦一郎さんの訳で読まれていましたが、2010年に村上春樹さんの新訳が出ました。

絵は、ほとんど線だけです。色もない。

その素っ気なさが、この話にはちょうどいいんだと思います。

シルヴァスタインは、絵本作家というより、もともと詩人であり漫画家であり、作曲もする人でした。

大人向けの、けっこう毒のある作品も書いています。

その人が書いた絵本だと思うと、あの一行の意味も少しわかる気がします。

※内容に触れています。

どういう話か

一本のりんごの木と、ひとりの男の子がいます。

男の子は毎日やってきて、木にのぼり、りんごを食べ、枝でぶらんこをする。

木は、それが幸せでした。

でも男の子は大きくなって、来なくなります。

たまに来ると、決まって何かを欲しがる。

お金がほしい、と言えば、木はりんごをあげる。

家がほしい、と言えば、枝をあげる。

船がほしい、と言えば、幹をあげる。

最後に残ったのは、切り株だけでした。

こうして書き出すと、なかなかの話です。

相手が来るたびに、自分の一部がなくなっていく。

しかも、その頻度がだんだん減っていく。

来ないあいだ、木はずっと待っています。

待っている時間のほうが、圧倒的に長い。

しかも、木は動けません。

会いに行くことができない。

待つしかない立場で、来たときには何かを求められる。

あらためて書くと、かなりしんどい構図です。

美しい話、として読むと

この本は、無償の愛の話として紹介されることが多いです。

見返りを求めずに与え続ける木。

親の愛みたいだ、という感想もよく見ます。

たしかに、そう読めます。

木は一度も文句を言いません。

あげるたびに、しあわせだった、と書かれている。

きれいな話です。

でも、わたしはそこで止まれませんでした。

というのも、この絵本、アメリカでは昔から賛否があるらしいんです。

美しい愛の話だという人と、これは共依存だという人。

六十年経っても、まだ決着していない。

それだけ、どちらにも読めるということだと思います。

学校の教材に使われることもあれば、心理学の本で共依存の例に出されることもあるそうです。

同じ本が、そんなふうに正反対に使われる。

それってすごいことだと思います。


▼ おおきな木をもとに書いたオリジナル曲はこちら


気になるのは、あの一行

原文には、こういう箇所があります。

木はしあわせだった。でも、それはほんとうではなかった。

訳によって表現は違いますが、あの「でも」が入る場面。

あそこで、この絵本は一気に別のものになります。

木は、幸せなふりをしていた。

少なくとも、完全には幸せじゃなかった。

あの一言があるかないかで、まったく違う本になると思います。

シルヴァスタインは、意地悪な作家だと思います。

ここまで全部きれいに書いておいて、一箇所だけ影を落とす。

読者は、そこでつまずくようにできている。

たぶん、わざとです。

もしあの一行がなかったら、ただの美談で終わっていました。

あの一行だけが、木の本音の側にドアを開けている。

そのドアを開けるかどうかは、読者に任されています。

開けなければ、美しい話のまま終われる。

与える側の気持ち

与えるのって、実は気持ちがいいんですよね。

相手に必要とされているから。

木は、少年に何かを求められるたびに、自分の存在を確認できた。

だから、あげ続けた。

これ、純粋な優しさとは少し違う気がします。

必要とされたい、という気持ちも混ざっている。

責めているわけじゃありません。誰にでもあることなので。

わたしにも心当たりがあります。

頼まれごとを断れないとき、相手のためというより、断ったら関係が終わりそうで怖い、みたいなこと。

あれ、優しさの顔をしていますが、たぶん不安です。

木にも、それがあった気がします。

何もあげられなくなったら、もう来てもらえない。

だから、あげられるものがあるうちは安心なんです。

切り株になったとき、木はどう思ったんだろう。

もう何も出せない、と怖くなったんじゃないでしょうか。

でも最後、少年は何も求めずに戻ってきました。

あげるものがなくても、来てくれた。

そこだけは、木にとって救いだった気がします。

少年のこと

少年は、たしかに身勝手です。

来るのは何かがほしいときだけ。

お礼も言わない。

でも、彼を単純に悪者にはできない気がします。

あの子は、木が「いいよ」と言うから受け取っていただけです。

断られたことが一度もない。

断らない相手には、人は際限なく求めてしまう。

木が一度でも「今日は無理」と言っていたら、あの関係は違うものになっていたかもしれません。

断るのって、相手のためでもあるんですよね。

限界を伝えないと、相手はそれを知りようがない。

少年は、木が苦しかったことを最後まで知らないままです。

知らないまま、全部受け取ってしまった。

それはそれで、けっこう残酷な立場だと思います。

少年も、幸せそうには見えません。

お金を手に入れても、家を建てても、船で出ていっても、また戻ってくる。

満たされていないから、次を求めている。

二人とも、ずっと満たされないままの話です。

欲しいものを手に入れたら幸せになる、という話ではないんですよね。

もらう側も、あげる側も、どこかずれたまま。

だからこの絵本は、読んだあと気持ちがすっきりしないんだと思います。

Beautiful Oak at the sunset

切り株になってから

最後、老人になった少年が戻ってきます。

もう何も欲しがりません。

ただ、座って休みたいだけ。

木は、切り株だから、それならできると言う。

そして「木はしあわせだった」で終わります。

あそこを、救いと読むか、諦めと読むか。

たぶん、読んだ人の状況によって変わると思います。

わたしは、正直どちらとも決めきれていません。

あの場面の絵は、木も少年も、どちらも小さくなっています。

立派な木でもないし、元気な少年でもない。

二人とも終わりに近づいていて、それでも一緒にいる。

そこだけ見れば、悪くない終わり方にも思えます。

ただ、そこにたどり着くまでに木が失ったものが大きすぎる。

だからわたしは、まだ素直に泣けないんです。

親子の話として読むと

親の愛の話として読むと、かなりきついです。

全部あげて、最後に何もなくなる。

それを美しいと言われても、という気持ちがあります。

親は切り株になるべきなんでしょうか。

自分の生活も、やりたいことも残していい気がします。

というか、そのほうが子どもも楽です。

全部捧げられると、子どもは一生返しきれない借りを抱えることになるので。

親が自分の楽しみを持っている家のほうが、子どもは気楽です。

あなたのために全部やめた、と言われるより。

この絵本を読むと、そのことをいつも考えます。

教訓のない絵本

この本のすごいところは、答えを言わないことです。

木が正しいとも、少年が悪いとも書いていない。

ただ、起きたことだけを並べている。

だから読む人によって、まったく違う話になる。

若いときに読んだら、少年に感情移入するかもしれない。

親になってから読んだら、木の側でしょうか。

人生のどこで読むかで、別の本になります。

わたしは、恋愛の話としても読めると思っています。

尽くしすぎて、自分がなくなっていく関係。

けっこう身近にある話です。

友達関係でもあるかもしれません。

村上春樹訳のこと

村上春樹さんの訳は、原文にかなり近いそうです。

前の訳より、木の感情が抑えめになっている。

しあわせだった、という言い方も、少し突き放した感じがあります。

訳によって、こんなに印象が変わるのかと驚きました。

もし両方手に入るなら、読み比べてみてほしいです。

同じ話とは思えないくらい、受け取るものが違います。

あとがきで村上さんが書いていることも面白いです。

この絵本には結論がない、というようなことを言っていて、そこが好きだと。

たぶん、それが正しい向き合い方なんだと思います。

曲に込めたこと

この物語をもとに作った曲は、木の視点で書きました。

ただ、無償の愛の歌にはしていません。

あの「でも、それはほんとうではなかった」のほうを軸にしました。

しあわせだと言いながら、少し寂しい。

その両方が同時にある感じを、なんとか歌にできないかと思って作りました。

だから、メロディも明るくも暗くもしていません。

どっちつかずのまま置いてあります。

聴いた人が、自分の状況で受け取ればいいと思ったので。

もしよかったら、絵本を思い出しながら聴いてみてください。

おわりに

与えることは、いいことだとされています。

でも、与えすぎるのはどうなんだろう、というのがこの本を読んだあとの正直な気持ちです。

自分が減っていくことと、優しさは別のはずです。

少なくとも、木にはもう少し何か残っていてほしかった。

そう思ってしまうわたしは、たぶんこの絵本をまだちゃんと読めていないのかもしれません。

また十年後に読んだら、違うことを書く気がします。

この絵本のいちばんいいところは、そこかもしれません。

答えを渡してこないから、何度でも読める。

教訓が書いてある本は、一回読めば終わりです。

この本は、ずっと宿題を出してくる感じ。

本棚に置いておいて、ときどき開く。

そういう付き合い方が合っている本だと思います。

子どもに読ませるなら、感想を聞いてみたいです。

大人と全然違うことを言うと思うので。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

音羽(Otowa)について

音羽は、小説や映画、童話を題材に、登場人物の心情を歌にしているチャンネルです。

あらすじをなぞるのではなく、その人が何を感じていたかを想像しながら、歌と文章で書いています。


▼ 『おおきな木』の世界を描いたオリジナル曲


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