『赤いスイートピー』歌詞の意味は純愛か不倫か——26年後の『続・赤いスイートピー』まで音羽が考察

物語の考察

松田聖子さんの『赤いスイートピー』の話をします。

誰もが知っている名曲です。

可憐で、明るくて、初恋の歌。だいたいそう思われています。

わたしも、ずっとそう思っていました。

でも、あるとき歌詞をちゃんと追いかけてみて、あれ、と思ったんです。

これ、そんなに幸せな歌じゃないかもしれない。

以下は音羽の勝手な読み方です。作詞された松本隆さんがそう言ったわけではありません。

まず、曲のこと

『赤いスイートピー』は1982年1月に出た、松田聖子さんの8枚目のシングルです。

作詞は松本隆さん。

作曲は呉田軽穂。これはユーミン、松任谷由実さんのペンネームです。

当時いちばん勢いのあった歌手に、あの二人が曲を書いた。

それだけで、もう特別な一曲だとわかります。

松本隆さんは、この時期の聖子さんの曲をたくさん書いています。

でも『赤いスイートピー』は、その中でも特別扱いされている気がします。

カバーされる回数も、語られる回数も、群を抜いている。

発売から40年以上経って、まだ話題になる曲ってなかなかありません。

それだけ、歌詞に読みしろがあるということだと思います。

行きたかった海

引っかかったのは、この二つ

歌詞を追っていて、どうしても気になる箇所があります。

ひとつめ。知り合ってから半年過ぎても手も握らない

半年です。

付き合っていて、半年手を握らないというのは、なかなかありません。

奥手だから、で片づけてもいいんですが、それにしても長い。

外で手を握れない事情があるとしたら、どうでしょう。

ふたつめ。時計をチラッと見る

デート中に時計を見る人は、時間を気にしています。

何時までに帰らないといけない人です。

この二つを並べると、ひとつの答えが浮かんできます。

歌詞って、字数が限られています。

だから、書かれていることには全部意味があるはずなんです。

半年手を握らない、という情報を、わざわざ入れている。

時計を見る、という仕草を、わざわざ書いている。

この二つは、たぶん飾りじゃありません。

この男性には、たぶん帰る場所がある

手を繋いでいるところを見られたら困る人。

時間になったら帰らないといけない人。

恋人か、あるいは家庭があるとしたら、全部つながります。

彼女が泣きそうな気分になるのも、そのせいだと思うんです。

もうすぐこの人は、別の誰かのところへ帰る。

それがわかっているから、涙が出そうになる。

念のために書いておくと、これは断定ではありません。

ただ、そう読むと歌詞の細かいところが全部つながってしまう。

それが、わたしがこの説を捨てられない理由です。

もし普通の初恋の歌なら、こういう細かい違和感は入れないと思うんです。

もっとまっすぐ、幸せなことだけ書けばいい。

でも、この曲にはずっと影があります。

明るいメロディに乗せて、切ないことを歌っている。

松本隆さんは、そういう書き方をよくする人です。

この男性の、いちばんの弱点

彼女のほうは、はっきりしています。

I will follow you同じ青春を走ってる

あなたについていく、と言っている。

覚悟が決まっているんです。

でも、男性のほうが動かない。

この人の最大の弱点は、気の弱さだと思います。

別れるでもなく、選ぶでもなく、決められないまま時間だけが過ぎていく。

いちばん残酷なのは、たぶんこのタイプです。

はっきり断ってくれたら、彼女は諦められた。

選んでくれたら、一緒に行けた。

どっちもしないから、彼女は26年間ずっと考え続けることになります。

宙ぶらりんにされるのが、いちばんつらい。

海岸

スイートピーという花のこと

ここで、花のほうを見てみます。

スイートピーの花言葉は、門出別離

ほかに優しい思い出ほのかな喜びなどもあります。

可憐な見た目なのに、別れの意味を持っている花です。

雨の駅のベンチに座っている二人。

この場面に置く花として、これ以上のものはありません。

松本隆さんが、この花を選んだのは偶然じゃないと思います。

しかも、門出と別離という、正反対の意味を両方持っている花です。

新しく歩き出すことと、別れること。

この恋そのものだと思いませんか。

別れることが、彼女にとっての門出でもあった。

一本の花に、それが全部入っている。

しかも、赤いスイートピーは存在しなかった

ここが、この曲のいちばん面白いところです。

1982年当時、赤いスイートピーという品種はありませんでした。

この曲のあとに品種改良されて、いまでは赤が代表色になっています。

つまり、歌が先で、花があとから追いついた。

こんな話、そうそうありません。

松本隆さんが、実在しない色を書いたのは意図的だったのか。

そこはわかりません。

ただ、結果として、この曲にはとても大事な仕掛けができました。

で、ここからが本題です。

存在しない花を、彼女はどこで見たのか。

彼女が見たのは、つぼみだけ

歌詞をよく読むと、彼女が実際に見ているのは線路の脇のつぼみです。

赤い花は咲いていません。

赤いスイートピーが咲いているのは、汽車に乗って行くはずだった海のほうです。

行けなかった場所に、咲いている。

つまりあの赤い花は、現実の風景じゃないんです。

叶わなかった未来のほうに咲いている、心の中の花。

目の前にあるのは、まだ開いていないつぼみだけ。

この対比が、この曲の切なさの正体だと思っています。

つぼみは、まだ何にもなっていない状態です。

これから咲くのかもしれないし、咲かないかもしれない。

二人の関係と、まったく同じです。

この歌の中で、花は最後まで咲きません。

咲いているのは、彼女の頭の中だけ。

駅のホーム

なぜ、赤なのか

黄色でも、白でも、青でもなく、赤。

わたしは、あの赤は彼女自身だと思っています。

赤=自分。

行けなかった海辺に咲いている赤い花は、そこにいるはずだった彼女です。

二人で海に行けていたら、あの花は現実になっていた。

雨が降らなければ、違う未来があったかもしれない。

たった一度の雨が、静かに二人を分けてしまった。

雨のせいにできるのは、たぶん優しさでもあります。

本当は、雨がなくても同じ結果だったかもしれない。

あの男性は、どのみち選べなかった気がするので。

でも、雨のせいにしておけば、少しだけ楽になる。

人は、そういう理由をひとつ持っておかないと生きていけない。

翼の生えたブーツ

翼の生えたブーツという言葉も出てきます。

二人でどこか遠くへ行きたい、ということです。

誰の目も気にしなくていい場所なら、堂々と手を繋げる。

彼女はそれを願っていた。

でも、ブーツは履けませんでした。

このまま帰れないと言っても、汽車は来ます。

乗るのは男性だけ。

彼女は見送って、それから帰る。

そういう場面だと思います。

駅って、この歌にぴったりの場所です。

誰かが乗って、誰かが残る場所なので。

しかも時間が決まっている。

待ってはくれない。

二人でいられる時間に、はっきり終わりがある。

あの舞台設定だけで、もう結末が決まっています。

押し花にした、ということ

最後に心に春が来た日という言葉が出てきます。

痛みが少しやわらいだころ、という意味だと思います。

そして、押し花

押し花は、生きている花じゃありません。

もう咲かないけど、なくならない。

この恋を、そういう形で持っていくと決めた。

花言葉の「優しい思い出」が、ここで効いてきます。

彼女は、身を引いたんだと思います。

嫌いになったからじゃなくて、好きだったから。

わがままを言えば、たぶん彼は困ったと思います。

困らせたくなかったから、言わなかった。

それが正しかったのかどうかは、わかりません。

ただ、その選択が26年後にまた出てくることになります。

ベンチで一人

そして、26年後

ここからが、あまり知られていない話です。

この曲には続編があります。

『続・赤いスイートピー』。

同じ松田聖子さんが歌った、26年後の物語です。

知らない人、けっこう多いと思います。

わたしも、あとから知りました。

そして聴いて、しばらく黙りました。

普通、名曲の続編ってあまりうまくいきません。

前作の余韻を壊してしまうことが多いので。

でも、これは違いました。

前作の意味を、あとから変えてしまう続編です。

こういうことができるんだな、と思いました。

彼女は、同じベンチに来ている

26年後、彼女はあの駅のベンチにいます。

四半世紀です。

人が変わるには、十分すぎる時間。

それでも、あの場所に来ている。

この一点だけで、あの恋が終わっていなかったことがわかります。

26年のあいだに、彼女にもいろいろあったはずです。

別の恋も、生活も、あったかもしれない。

それでも、あの駅に来てしまう。

人の心って、そんなにきれいに片づかないんだと思います。

あの問いかけ

続編の中で、彼女はこう聞きます。

もしもわがままを言わずに生きれば、運命は違ったの?

この一行が、わたしはずっと忘れられません。

自分のせいだったのかな、と26年考え続けたということです。

しかも、答えは返ってきません。

聞く相手が、そこにいないので。

しかも、この問いかけの向きが切ないんです。

相手を責めていません。

自分が悪かったのかな、と自分に聞いている。

26年、ずっとそっちを向いて考えてきたということです。

あの男性は、たぶんそんなこと知りもしないと思います。

それでも、後悔はしていない

もうひとつ、こういう言葉も出てきます。

あの日に戻れるなら、すべて失くしてもいい

全部捨ててもいい、と言えるくらいの恋。

手に入らなかったから、色褪せなかったんだと思います。

もし一緒になっていたら、生活になっていた。

それはそれで幸せですが、たぶんこんなふうには残らない。

叶わなかった恋のほうが長く残る、というのは、ずるい話です。

でも、たぶん本当です。

終わっていないものは、片づけようがないので。

いちばん切ないのは、この一行

少しおとなびた私をあなたに見せたい

そして、無理な夢だけどと続きます。

自分でわかっているんです。

叶わないと知っていて、それでも思ってしまう。

26年経っても、あの日のままの気持ちがそこにある。

あの押し花は、ちゃんと残っていたということだと思います。

少しおとなびた、という言い方も好きです。

26年経っているのに、少し、なんですよね。

あの人の前では、まだ子どものままでいる。

時間って、相手によって止まったままになることがあるんだと思います。

まとめ

『赤いスイートピー』は、初恋の歌として愛されてきました。

それはそれで、正しい聴き方だと思います。

明るいメロディと、聖子さんの声で聴けば、甘い恋の歌です。

でも、歌詞を一行ずつ追っていくと、別の顔が出てきます。

半年握られない手。時計を見る仕草。泣きそうな気分。

行けなかった海に咲く、この世にまだなかった赤い花。

そして26年後、同じベンチに座っている彼女。

わたしには、実らなかった恋の歌に聴こえます。

もちろん、これはひとつの読み方にすぎません。

でも、そう思って聴くと、この曲はもっと深くなります。

もし続編をまだ聴いていない方へ

『赤いスイートピー』が好きな人ほど、続編は聴いてみてほしいです。

26年後の彼女の声で、あの日の話をされる。

前作を知っているほど、こたえます。

順番としては、赤いスイートピーを聴き直してから、続編に行くのがおすすめです。

一曲だけだった話が、急に人生の長さになります。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

音羽(Otowa)について

音羽は、小説や映画、童話、そして歌を題材に、登場人物の心情を考えているブログです。

オリジナル楽曲も作っています。


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