ウラジオストクは近くて遠い極東のヨーロッパ・もう行けないロシア領土

趣味のカメラとレタッチ

日本から直行便で約2時間半、気軽に行けるヨーロッパの港町、ロシアのウラジオストク。

地図を見ても分かるように本州なら沖縄に行くよりも近い距離です。

成田からのフライト時間は約2時間半。ソウルや台北に行くのとほとんど変わらない感覚で、「ヨーロッパの街並み」に降り立てる。この不思議な近さこそが、ウラジオストク最大の魅力でした。時差もわずか1時間なので、時差ボケの心配もほぼありません。

ウラジオストクは近年、中国や韓国そして一部の北朝鮮の人からも人気の旅行先となっていました。

街の規模はコンパクトで、主要な見どころは中心部に集まっているため、2泊3日もあれば十分に楽しめます。「短い休みで、手軽にヨーロッパ気分」——このコンセプトが、多くの旅行者の心をつかんでいました。

因みに、北朝鮮とウラジオストクは国境を接しています。

わたしは行けなかったですが、北朝鮮の国境間近まで行けるツアーの様な物もありました。

地図で見ると、ウラジオストクのあるロシア沿海地方は、中国と北朝鮮に挟まれた細長い土地です。日本にいると意識することの少ない「陸の国境」が、すぐそこにある。極東のこの街は、地政学的にも、とても興味深い場所なのです。

そして日本でも、ここ数年で「一番近いヨーロッパ都市」として認知度が上がり、旅行者数も伸びていましたが、コロナの影響で世界的に海外旅行が出来なくなり、更にコロナ禍が落ち着き始めた矢先にロシアによるウクライナ侵攻。。

これで、決定的に日本からのロシア・ウラジオストクへの入国は一般人にはほぼ不可能となりました。

2017年から電子ビザ(簡易ビザ)の制度が始まり、日本人観光客が一気に増えたのが2018〜2019年頃。「次の連休はウラジオストク」という言葉が旅行雑誌の表紙を飾るほどの盛り上がりでした。それが、コロナ禍による渡航制限、そして2022年からの情勢変化によって、日本からの観光は事実上、途絶えてしまいました。あの盛り上がりからわずか数年でこうなるとは、当時は想像もしていませんでした。

わたしは政治的な事やロシアとウクライナの過去からの民族的、宗教観とかは全く分からないので、とやかく言える立場ではありませんが、人と人が戦って命を落とすのは絶対に間違ってると思います。

ただ、一人の旅行者として言えるのは、「行ける時に行っておいて、本当に良かった」ということです。世界の情勢は、私たちが思うよりずっと速く、大きく変わります。「いつか行こう」と思っている場所があるなら、行ける時に行っておく。ウラジオストクは、その大切さを私に教えてくれた街でもあります。

コロナが流行る数年前に、ウラジオストクに行ってきました、その時の事を思い出しながら観光名所とかを紹介します。

ですのでこの記事は、「今すぐ行ける観光ガイド」ではなく、「かつて確かにあった、気軽に行けた頃のウラジオストク」の記録として読んでいただけたら嬉しいです。いつかまた自由に行き来できる日が来たときのための、予習にもなれば幸いです。

シベリア鉄道

ウラジオストクはシベリア鉄道の始点であり、モスクワまでの全長9,297kmを走る世界で一番走行距離の長い鉄道です。

「シベリア鉄道」という響きだけで、旅心をくすぐられる方も多いのではないでしょうか。かつては欧亜連絡ルートとして、日本からヨーロッパへ向かう旅人たちも利用した歴史ある路線です。その東の玄関口が、このウラジオストク駅なのです。

全区間の移動日程は7日間にもなる長旅です。

駅の構内には「9288」と刻まれた記念碑があります。これはモスクワからの距離(km)を示すもので、シベリア鉄道の終点(始点)であることの証。鉄道ファンならずとも、この数字の前に立つと、ユーラシア大陸の果てしない広さを実感して、胸が高鳴ります。いつかモスクワまで乗り通してみたい——そんな夢を抱かせてくれる場所でした。

駅に入って駅内の様子を写真に撮ろうと思ったのですが、駅に入るには手荷物検査が必要で、わたしが行った時には、警備が厳しく軍隊の人が機関銃を持っていたので、なんとなく身の危険を感じ駅に入るのは断念しました。

空港のような手荷物検査が駅にあること自体、日本ではあまり馴染みがなく、「ああ、外国に来たんだな」と実感した瞬間でもありました。こうした厳重な警備も、大陸国家ロシアならではの日常なのでしょう。

外から見るとSLがまだ現役で走っているのが分かります。

正確には、駅の近くに展示されている蒸気機関車で、戦時中に活躍した車両が大切に保存されています。ヨーロッパ風の重厚な駅舎と機関車の組み合わせは、まるで映画のワンシーンのよう。鉄道駅そのものが、立派な観光名所になっています。

ポクロフスキー聖堂と町並み

「ポクロフスキー聖堂」はロシア正教会の教会で、町の中でも存在感抜群の建物です、ウラジオストクを訪れたなら必ず見ておきたいものです。

ロシア正教会の教会は、玉ねぎのような形をした屋根(クーポル)が特徴的で、青空に映える姿はとても写真映えします。教会の内部は静かで厳かな空気に包まれており、地元の人々が祈りを捧げる姿に、この街の暮らしの一端を垣間見ることができました。見学の際は、神聖な場所であることを忘れずに、静かに、マナーを守って。

ポクロフスキー聖堂

この町は人口は約60万人で、それなりに都市です。

極東ロシア最大級の都市でありながら、モスクワからは約9,000kmも離れている。ロシアの中心から見れば「果ての街」ですが、日本から見れば「一番近いロシア」。この視点の逆転が面白いところで、実際、街には日本車がたくさん走っていて、日本製の中古車が長く愛用されている様子も、親近感がわくポイントでした。

町は全体的に治安が良く夜に出歩いていても不安を感じる事は在りませんでした。

もちろん海外ですから、最低限の注意は必要です。それでも、中心部は街灯も多く、夜遅くまでカフェやレストランが賑わっていて、女性の一人歩きの姿も普通に見かけました。「ロシア=怖い」という先入観は、この街を歩いているうちに、良い意味で裏切られていきました。

ヨーロッパの雰囲気とアジアが入り混じった感じが独特な雰囲気をかもし出していて魅力的です。

石畳の坂道、ヨーロッパ調の古い建物、キリル文字の看板。それなのに、街を歩く人の顔ぶれや売られている食材には、どこかアジアの気配も混ざっている。「ここはヨーロッパなのか、アジアなのか」と考えながら歩くだけで楽しい、そんな街でした。

わたしはバスで移動が多かったので、乗り継ぐ度にガイドブック片手に周りの人に行き方を聞いていましたが、言葉は通じずらかったですが、身振り手振りで教えてくれました。

英語も、思っていたほどには通じません。それでも、地図を指さしたり、身振り手振りを交えたりすれば、みなさん親身になって教えてくれました。言葉が通じない国での移動は不安もありますが、うまく乗り継げたときの達成感は、旅の醍醐味そのもの。今となっては、あのバス移動の右往左往さえも、良い思い出です。

ちなみに、街歩きの実用面で言えば、キリル文字が読めなくても、スマホの翻訳アプリと地図アプリがあれば、なんとかなります。ただ、バスの行き先表示や店の看板が少しでも読めると、旅の楽しさは倍増します。行く前に、キリル文字のアルファベットだけでも眺めておくのがおすすめです。

鷹の巣展望台

ウラジオストクは、ロシアの中で極東に位置する都市です。もともと軍港として栄えたので、ソ連時代は「閉鎖都市」として外国人は立ち入りが禁じられていました。

それから数十年が経ち現在の発展する町、ウラジオストクを観察できるのが「鷹の巣展望台」です。

この展望台からはウラジオストクの街並みが一望できます。

そして注目すべき橋は長さ737メートルの「黄金橋」、APEC首脳会談のために2012年に完成しました。

金角湾(きんかくわん)をまたいで架かるこの斜張橋は、ウラジオストクの新しいシンボルです。夕暮れどきには橋のシルエットが茜色の空に浮かび上がり、夜には街の灯りと相まって、まさに「百万ドルの夜景」。港町特有の起伏のある地形が、この景色に立体感を与えています。

展望台からはアパートやビルが見られます、それと軍艦らしき船も、停泊していました。

眼下に広がるのは、起伏に富んだ丘の斜面にびっしりと建ち並ぶ建物と、青い金角湾、そしてそれをまたぐ白い斜張橋。よく「サンフランシスコに似ている」と例えられる景色ですが、なるほど、坂の街と湾と橋の組み合わせは、たしかにどこか似た空気をまとっていました。

「鷹の巣展望台」からの風景で特に夕暮れ時は凄く綺麗で何時までも見てられる景色でした。

展望台へはケーブルカー(フニクラ)でも登れます。ロシアでは珍しい存在らしく、それ自体がちょっとしたアトラクション。展望台は地元の学生やカップルにも人気の場所で、観光客だけでなく、この街に暮らす人たちの日常の風景に混ぜてもらえるのも、心地よい時間でした。

なお、「鷹の巣」という名前ですが、実際に鷹の巣があるわけではなく、丘の上の見晴らしの良さから名付けられた展望スポットです。訪れるなら、日中の眺望と夕暮れのマジックアワー、どちらも捨てがたいのですが、時間がひとつしか選べないなら、私は断然、夕暮れをおすすめします。

ウラジオストクでヨーロッパを気分満喫

ウラジオストクは観光地巡りと言う感じではなく、普通に町を歩いてて、何気ない景色が全てお洒落な感じがしました。

たとえば、中心部の噴水通り(アドミラーラ・フォーキナ通り)は、歩行者天国になっていて、カフェのテラス席や大道芸人で賑わう、ヨーロッパの広場のような空間。海辺のスポーツ湾遊歩道では、地元の人たちが散歩やジョギングを楽しんでいて、港町ののんびりした空気が流れていました。

食事する所も多く、海産物の料理は美味しく値段もリーズナブルだったので蟹を頂きました。

ウラジオストクは日本海に面した港町なので、海の幸が豊富です。名物のカニやホタテ、エビなどが、日本で食べるよりずっと手頃な価格で味わえました。ロシア料理の定番、ボルシチやピロシキ、ペリメニ(ロシア風水餃子)も本場の味。カフェ文化も根付いていて、おしゃれなカフェで飲む一杯のコーヒーも、旅の楽しみのひとつでした。

甘いもの好きの方には、ロシアの蜂蜜ケーキ「メドヴィク」もおすすめでした。そして、お土産の定番は、チョコレートや蜂蜜、そしてウォッカ。市場やスーパーでの買い物も、ローカルな雰囲気を味わえる楽しい時間でした。

海岸沿いに普通に軍艦は止まっていました。

鉄道に乗車する時も軍人さんが居てチョッと緊張しました、写真はとったけど、人物には加工を入れてます。

ウラジオストクは、ロシア太平洋艦隊の本拠地でもある軍港の街です。だから、軍艦も軍人さんも、この街では日常の風景の一部。観光客としては少しドキッとしますが、それもまた、この街の素顔です。ソ連時代には外国人の立ち入りが禁止された「閉鎖都市」だったという歴史を知ると、自由に歩けること自体が、貴重なことだったのだと分かります。

そして日本では見慣れない貨物飛行機も停まっていました。

日本との航空路線が結ばれていた頃は、成田からの直行便のほか、LCCの就航も話題になりました。「週末ウラジオストク」という言葉が生まれるほど、気軽な海外旅行先になりかけていた矢先だっただけに、今の状況は、旅行好きとしては本当に残念でなりません。

ウラジオストクに行って一番感じたことは、普通のロシア人は普通に優しい感じがしました。

ニュースで見る「国家」のイメージと、実際に暮らしている「人々」の印象は、まったく別のものでした。市場のおばちゃんは気前よくおまけをくれたし、道に迷っていれば、若者がスマホの翻訳アプリを使ってまで助けてくれた。政治や国際情勢がどうであれ、そこに暮らす一人ひとりは、私たちと同じように、日々を懸命に、そして優しく生きている——それが、実際に訪れたからこそ分かった、いちばんの収穫だったと思います。

飲食店に行っても気さくに話してくれましたし、町の中でもタクシー乗っても、違和感なく対応してくれました。

特に印象に残っているのは、食堂で隣り合わせたおじさんが、言葉も通じないのに、身振り手振りで「その料理はうまいか?」と聞いてきて、親指を立てたら、満面の笑みで乾杯してくれたこと。旅の記憶というのは、絶景よりも、こういう何気ないやり取りのほうが、深く心に残るものですね。

また行きたいなっと思いルーブル紙幣は換金せずに持って帰ったのに、もう一生ウラジオストクには行ける気がしないのは本当に残念です。

財布の奥にしまったままのルーブル紙幣を見るたびに、あの街の景色を思い出します。黄金橋の夕景、駅の重厚な佇まい、市場の喧騒、親切だった人たちの顔。「また行きたい」と思える街に出会えたこと自体が、旅の何よりの財産です。

いつか情勢が変わり、再び自由に行き来できる日が来たら、真っ先に訪れたい街のひとつです。そのときまで、このルーブル紙幣は、換金せずに取っておこうと思います。「近くて遠いヨーロッパ」が、また「近いヨーロッパ」に戻る日を、静かに待ちながら。

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